友情努力勝利

いちのにし

捕まってしまった。彼にとっては日常茶飯事である。

日常茶飯事ではあるのだが、いつもとは違う重大な問題が今回はあった。何を隠そういつも助けにきてくれる役の友まで捕まっているのである。普段彼がひっとらえられた時には電話、手紙、伝書鳩、テレパシー等々使えるものは何でも使ってSOSを叫べば、口いっぱいに世界一苦いもの(例えば自分を捕まえた自称紳士の青年の作る料理とか)をほおばったような顔で額を押さえながらも助けにきてくれるこの友が、今日という今日はそれはみごとにとっ捕まってしまったのである。

贔屓目に見なくてもおっかない、ああ味方でよかったと思わせる彼が捉えられてしまったとなればどうしていいものか、いつも前向き能天気な彼でさえ途方に暮れた。そもそもどうしてこんなことになっちゃったんだっけ?そうだ、靴紐!そうだよ。何時も肝心なところで解けるこの靴紐に四苦八苦していたところ大きな網で捕獲されていたのである。もう悪い子だなこの子は。何でこんなにしょっちゅうほどけちゃうんだ。俺がいったい君になにをしたっていうんだいバンビーナ。

ああ誰か助けて助けて誰か助けてと通常あまり稼働されない脳味噌を全力運転させたところではたと浮かんだのはもう一人の友人の顔。そうだ、自分には頼れる友がいるではないか。ただしとにかく家が遠いのと考えられないくらい老体であるのとどんなにきつくてもその老体に鞭打って手助けしてくれるその心意気から、よほどのことがない限り助けを求めてはいけないと思っていたし、現在進行形で同じくとっ捕まっている生真面目な友人からもそのようにいい聞かせられていたのではあるが仕方ない。なにせ今こそよほどの状況にふさわしい時はあるまい。ああいざという時のために覚えこんだ電話番号が初めて役に立つぞ。


そうと決まれば、と彼は後ろ手に括られた手を縛られた椅子ごと器用にぴょんぴょん跳びはね、目の前の見張り役(という名のサボリ)の青年に電話貸してえと訴えた。
目の前のその実気が良く調子の良い男が「いい加減諦めろよなぁ。これ以上お前さんのところに誰が来てくれるっていうのよ」などと言いながら面白半分に受話器を差し出してくれるのは、目に見えていた。













にのにし

どおん、と頭上から大きな音がして彼は思考の海から一気に覚醒した。
目の前の見張り役(という名のサボリ)の青年が驚いて手にしていたパン類ジュース類を手にしたまま立ち上がればばたばたと2人の青年が走りこんできた。彼らの軍事訓練かと男は思ったが、眼前の慌てようを見て何か彼らの預かり知れぬことが起きたということを理解した。


「なんだよ今の!敵襲か?!」

「まさか。だってそんなことしそうな奴は今ここに捕まえちゃってるじゃんか」

「じゃあなんだって言うんだよ。何の意味もなくあんな爆発音がしてたまるかよ」

「分かった君の作ったスコーンが炸裂したんじゃないか?」

「するか!食べ物で建物が破壊されてたまるか!」

「破壊されると思うな」

「破壊されるんじゃなぁい?」

「うるせえよ馬鹿ども!とにかく、上から音がしたってことは敵も上にいるんだろ!」

「爆撃じゃないのー?やあよお兄さんそんな状態の外出るの」

「よっし僕に任せろ!迎え撃つんだぞ!」


わあわあとてんでばらばらなことを言いながら青年たちは部屋から駈け出して行く。おいおいいいのか、こっちは一応捕虜なんだぞ。放置でいいのか。一般常識として見張りとか残せ。



しばらくの静寂を挟み、静かにドアが開いた。ようやく帰ってきたのか全くとそちらを見やれば飄々として表情を読ませぬいつもの装備を身にまとい、ご無事ですかと静かに発する小柄な体。想定の範囲外だった。
マニュアル外の出来事に大層弱い男があまりのことに言葉を失っていると想定の範囲外から想定の範囲内がひょっこり顔を出した。男が巻き込まれるトラブルの8割方の原因を担う青年は助けに来たのであります隊長ー!とおどけた敬礼をして見せる。

よくこんな遠いところまで この馬鹿のためにわざわざ お前のところだってそんなに余裕はないだろうに。感謝と申し訳なさをごちゃごちゃに混ぜた状態で礼を述べれば、構いませんよと真面目腐った物言いが返ってきた。構いませんよ、これくらいのことはなんていうことはありませんよ。我々は友人ではないですか。それにちゃんとお醤油を持ってきましたから安心の長旅でしたよ。






解放された彼にトラブルの種がさあ、逃げよう!その前にほら、準備準備、と男をせかした。準備と言われても、逃げるのに準備も何もあるかと言い返せばそれがそうじゃないんだようと青年は笑い、見て見て!これで準備万端!右足をすいと出して見せた。これで俺ももう捕まらないよ!靴ひもはほどけないし蒸れないし足に最適のフィット感なんだから!大はしゃぎで見せてくる足元を見やればぴかぴかの長靴。どうしたんだそれ、と言葉を発する前にずいと差し出されるのはやはり長靴が一足。大きさが合うといいのですが、なにぶん急いで準備しましたのでと当然のように長旅を超えてきた友人が言うので、彼はますます困惑した。
奇しくも外は先ほどの晴天からうって変わって分厚い雲が空を覆っており、そして何よりその一足は測ったかのようにぴったりであったためなんという技術大国、と混乱しきった頭で彼に珍しく筋の通らない意味不明なことを思った。














いちのひがし

突然の前触れも何もなく助けてええええええと涙ながらに訴える若き友のために、男は善処しますともと腕をまくった。必要とされているのならば、期待に応えねばなるまい。希望ある若者の期待にこたえられなくてどうする。今すぐ向かうとなると多少技術的に無茶をする必要があるだろうが、試作の機体をいくつか調整すればどうにかなるか。荷物にはきちんと醤油と柑橘類を積むこと。ああ、一番重要なことを忘れるところでした。
ここまで一息に考えて、男は電話先の青年に問うた。




あなた方の靴の大きさを教えていただけますか?

















軍靴は女性名詞(今回調べたところ)