日々の糧を与えたもう


その時慎ましいノックから想像できないけたたましい音を立ててドアが開き、失礼いたしますわ!と勢いよく人間が一人飛び込んできた。顔を見なくてもその正体がわかる。つい先日(まだ一か月も過ぎていない)、怒りに怒りこの部屋を飛び出していったというのに、気持ちの切り替えが早すぎるのではないかと彼は思った。それに簡単にここまで侵入しすぎている。仮にも時期国王となる人間の部屋だというのにここまで簡単に侵入されてよいものか。いや、良くない。大方彼女が無理やり突撃したため警備の人間が下手に止められなかったのだろうとは思うが。彼女はその目的のためなら行動を選ばない。睡眠の呪文ならましなほうである。

戦後、なんだかんだと理由をつけてはお互いの国に招待しあううちに、彼女に対し妙な友情のようなものが芽生えていたことは自覚していた。してはいたが彼女はそうは思っていなかったのかそれとも誰かの入れ知恵なのか突然言い放ったのである。わたくし、あなたと結婚することに抵抗はありませんのよ。なぜ直前までの春に多く捕られる魚の話からそのような展開になるのか。当然前置きなどはなかった。
彼女が何を考えたかは分からないが、少なくとも何を馬鹿なことをと思ったのは確かだった。唯でさえこの戦後の荒れた時勢の中、命を狙われたことは一度や二度では済まない。被害が比較的少なかったフレリアを嫉み少しでもその利権に食いつこうとする輩、不相応にも王の座を狙うような輩も確実に増えている。
彼女のような人間を、良くいえば純粋な悪く言えば無知な彼女を、どうしてそのような権謀術数に巻き込めようか。
そこでお前のような世間に疎い輩は自らの国に籠れ甘い考えを持ってフレリアをうろつかれるだけでも腹が立つとまで言い切って向こうの怒りに任せるまま追い出したというのに何食わぬ顔で再訪するとはどういうことか。


そういえば、と彼は部屋の前で待機をしていたはずの古くからの家臣の存在を思い出す。警備の人間を無理やり乗り越えたとしてもあの男がそう簡単に負けるはずがない。彼女はここへ通すなよと家臣達に申しつけていたものの、任務に忠実だがお節介がすぎる彼なりに判断をした結果なのであろうか。彼らを責める気にはなれないが、とため息を吐きつつ、相変わらず粗暴なことだ。挨拶ぐらいしてはどうか、と声をかけた。




「ごきげんよう。あなたこそわたくしを出向かる言葉一つありませんこと?」

「招待をしていない人間を出迎えるほど優しくないものでな。早く退席願おうか」

「わたくしを怒らせようとしても、そうはいきませんわ!」

「もうすでに怒っているように見えるんだが」

「あなたがわざとわたくしを怒らせて、距離を取ろうというならわたくしにも考えがありましてよ」

「何を言っているのかよく分からないな」

「まぁ、今はわたくしの話をお聞きなさいな。いいですこと?わたくしはフレリアに勉強に参りますわ」

「学びたいというのなら止めはしないが」

「ついでにわたくしを妻になさいな」

「…君が何を言っているか理解できない」

「わたくしがこの国について勉強不足なのはおっしゃる通り、世間知らずなのもおっしゃるとおりでしょう。ですから、わたくしは学びます」

「そこまでは理解しよう」

「ですから、わたくしを妻になさいまし」

「断る。君が学びたいという姿勢は評価するが、飛躍しすぎた話をきくつもりはないな」

「わたくしでは不満だとまだおっしゃるのね」

「世の中に君を喜んで妻にする人間がいるのなら会ってみたいものだな」

「まあ!相も変わらず失礼な方ですこと!わたくしが神に使える身でなければぼこぼこになっていましたわよ」

「それは野蛮なことだな」



そこでようやく彼女に眼をやれば、彼女はこの状況で笑っていた。本当に失礼な方ですこと。いつだかにも同じ台詞を言われた気がする、と彼は思った。あれはいつだったか。あの時も同じように彼女の野蛮さを指摘した。あの時の彼女は大変腹を立てていたが、現状目の前にいる人間は同一人物とは思えないほど穏やかに笑顔を浮かべていた。彼女は言った。


「わたくしは」

「なんだろうか」

「わたくしはこんなことでは怒りませんし、あなたから離れてあげませんわよヒーニアス王子。こうと決めたら最後まで貫き通すのがわたくしの正義ですわ」


心配して下さるのは光栄ですけれど、わたくしはそのような些細な問題には負けませんことでしてよ。不埒な輩は神の名に懸けて成敗して差し上げますわ。彼女はそこまで一言で言いきり、ようやく満足げに口を閉じた。一体だれがこの面倒くさい人間に入れ知恵をしたのか。天馬隊のあれやこれ、重臣のあれやこれの顔を浮かべ、彼はもう一度ため息をついた。おそらく全員犯人だろう。一人ずつ問い詰めても全員で白を切るに違いない。


「心配とは心外だな。私のことを君にとって良い人間だと思っているなら考えを改めたほうがいい」

「よくもまあぬけぬけと。あなたが本当にわたくしのことが嫌いなら、部屋にいれたりしないでしょうに」



わたくしの言うことに間違いがありまして?と勝ち誇る彼女に、思わず言葉を無くす。勝手に侵入してきた人間が何を言う、と無理やり言葉を絞りだせば、今直ぐに衛兵を呼んでつまみだすことも可能でしょう?そうしても結構でしてよ。抵抗はしますけれどと腰にさしたロッドを振りかざす。彼はどうにか反論をしようと試みたが、そのあまりにも当然のように言う彼女に何をいうにも疲れてしまった。彼女が言うこともすべて間違いというわけではない。彼女を嫌っているわけではないのである。


「ほら、諦めなさいまし。このわたくしがあなたを好ましいと言っているのです。感謝なさいな」


それでも抵抗するならこの場で既成事実を作ってもよろしくてよ、と迫る彼女の右腕にはスリープの杖。左は平手打ちをせんばかりに降りあげられている。城の警備というものがどれだけ大変なものか、彼は理解できたような気がした。確かに問答無用で乗り込んできた不審者に下手に権力があった場合(そして必要以上に実力があった場合)抵抗などできない。これはどうあっても逃げられないということか、と彼は自分でも意外なほど冷静に判断して一言だけ答えた。


「君の要求をのもう」



だから、ここで実力行使するのだけはやめてくれ、と。












二人のエンディングでも他の仲間たちが結婚に次ぐと明言されているのに彼らの「なんだかんだあって最終的に恋仲」という展開の遅さに爆笑しました。おもしろすぎです。

しかし姫がここまで突撃するにはドズラとレナックを大活用したに違いない。