科学的根拠に基づかない

勢いよくドアが開かれる音で、彼は彼の助手が帰還したことを知った。
ここのところ煮詰まりに煮詰まり、世界の反対側を見つめるような遠い目をしてああディミトリー私海にいきたいわちょっと車でも開発しようかしらコップ一杯の水で地球一週くらいできるようなやつをきっと時を駆ける乗り物より数億倍簡単とぶつぶつ呟くに至っていた彼女を、気分転換のために他学部の研究発表会に放り込んだのは誰でもない彼であった。研究の虫である彼女をそのまま放置しておけば今の研究を放棄して、本気で夢のようなハイスペックの車を作りかねない。まあ、自動車業界の進歩という意味ではいいのかもしれないがそれはそれとして。


しかしさすがの彼もかの助手が勢い込んで帰ってきた途端ありがとうディミトリー!あなたのおかげよ!もう最高だったわ素敵過ぎた!どうしよう今ならなんでもできる!彼が地中に埋まっている古代の宮殿を見つけるための道具を開発してくれっていってきたら私は大喜びで開発するわなどと言い出すとは夢にも思わなかった。思わず彼女に視線をやれば、真剣そのものといった表情。待て待てクレア。君は学会になにしに行ったんだ。


勢い込んで広げられた学会報告会のパンフレットのページを覗きこめば、まだ年若いつぶらな瞳の青年が一人。その肩書は助教授と書かれている。赤いハンチングをかぶりなんだか不思議そうな顔してそこに掲載されている青年の美醜の判断は判断しかねるが、この目の前の彼女のうっとりとした表情をみる限り彼女にはとてつもない美男子に見えているのであろうと彼は考えた。加えて、彼女は独自の美的センスを持っていると彼は常々感じていたため、その枠に当てはめて考えれば別段おかしいことでもないであろうとも考えた。
時計やカメラを分解しているときが至福の幸せそのものであり、動物より静物を愛す彼女のなにをかの青年がつかんだのかは彼には全く見当がつかなかったのだが。ああこっち向かなくていいよクレア、なんだか目が怖いから。


これまで美人の無駄遣いと学部内では有名であった彼女が何かに目覚めてしまったことに対し、二つの事象へ反省することにした。
ひとつはこれで自分の研究がまた滞るであろうこと。
もうひとつはこの何も知らないであろう目のつぶらな助教授がなにかしらの迷惑を被るであろうことに対して。






「モテる薬を開発しようかしら」

「物理学とは関係ない分野にまで手を出すのはやめておいてくれないか」









クレアファンを敵にまわしました。
ディミトリーさんはこういうクレアもしょうがないなーもうーかわいいんだかなんだかなーという諦めに近い可愛がりかたをしてくれているといいなあ妄想です。

そしてなんだかんだ押し切られる英国紳士と、黙って失恋する怪盗(笑)