悪魔が来たりて笛を吹く

なあジュネット、と快く部屋を貸す中尉が笑顔で言った。
これからの飛行気乗りは頭がよくなくちゃいけねえな。こないだの話をしたっけか。グリムの奴が敵の作戦を見破ったんだよ。
自分のことのように嬉しそうに話す彼の話ははじめて聞くものだったので、記者は手渡されたコーラを受け取りながら、話の続きを促した。それは凄い。まだ数回しか出撃していないのに見事なものですね。


その会話に食いついたのは話しかけた男ではなく、彼が所属する隊の中心人物。食堂の片隅の自販機から吐き出されたコーラを片手にジュネットの言うとおりだと思うね、と肯いてみせた。
彼の話によれば、敵の錯乱作戦でセンサーがしばらくのあいだいかれてしまったらしい。狂った表示を叩き出すセンサーには埋め尽くすほどの敵が表示されていたのだという。まあ実際はたいした数じゃなかったけど、と肩をすくめて彼は言った。


「よくあれが敵のジャミングだって気がついたよなグリムは」

「俺ァ全然気がつかなかったね。ナガセは?」

「おかしいとは思ったけど…すぐには思いつかなかったわ」


だよなあ、まったくだ、と彼らは口々に言葉を発しうなずきあい、ああやっぱり優秀だ、と声をそろえた。そこにいる全員が新人の成長を祝っているのがひしひしと感じられる、そんな表情。兄弟が末の弟の成長を喜ぶような。うんうんと真面目なのかふざけているのか分からない彼らの元にタイミングよく駆けてきたのは話題の新人。何の話ですか?楽しそうですね、と笑いながら自販機の元へ向かう。三人はその姿を目を細めて眺め、異口同音で言葉を発した。



やあ、頭いいなあグリムはって話だよ
賢いわグリムはって話よ
天才じゃねえかグリムはって話だって


よい子だよい子だと褒めに褒められ、頭を撫で回されてくしゃくしゃにされながら、なんですか!いきなりなんなんですか!と悲鳴を上げる彼は先ほどまで話題に出されていた若き優秀な飛行気乗りというよりは、家族の中の年の離れた末っ子のようであった。もみくちゃにされるその姿に少しばかりの同情と笑顔を込めて写真を撮る。これをなにかに掲載したら軍の上層部は怒るだろうか。怒るだろうなあ。



ちょっとさっきの言葉に質問していいかしら。はいどうぞナガセさん。チョッパーはこれからの飛行気乗りは頭がよくなれば、というようなことを言ったけど、これからの、じゃなくて今でもそうあるべきと思うわ。いいんだよオイラぁ雰囲気担当だから。…中隊に必要ですか?それって。いりませんそんなの。あちゃあ厳しい!でも負けねぇぞ!おいおい仮にも隊長の前で喧嘩するなよ、するんなら俺が買うぞ。い、いいです!結構です。お断りだね!息が合ってるな君たち!



いきなり失速して海すれすれまで落ちるような人を隊長に据えていれば、それはフォローする側は息も合います。という大変手厳しいナガセの言葉に、隊長含むサンド島中隊に笑いが巻き起こった。ああそりゃそうだ、全く持ってその通り。
ジュネット、今のは記事にしないでくれるかな。一応俺にも外聞ってものがあるんだよと隊長その人に笑顔のまま言われ、考えておくよと返しておいた。彼らに関わっていると検閲を乗り越えて世に出すことにできる記事はいくらも書けない気がしないでもないが、それがすべてと言うわけではない。自分だけが知っている内部情報(それがどんなにくだらないことだとしても)を持つ喜びと言うのはいいものである。







いやあ 擬似家族ってほんとうにいいもんですね