男はその半分以上砕けた機体の足元に寄りかかり、やれやれ、と息を吐いた。
かの機体の最後の大仕事に付き合ったものとしてどうにか彼女を説得してくれと熱い青年に乞われ、格納庫に足を運んではみたものの男は全く乗り気ではなかった。この無駄に賢く凄まじく頭の固いAIに説得は不可能である。何かしら言うことを聞かせようと思ったら力ずくで無理矢理どやしつけて事を片付けるしかないのである。それがあるからこそ、今自分は生きているのである。ああそうだ。勝手に自爆なんぞされてたまるか。これだからヘタに性能がいいAIってのは困る。
大体、レオが説得できないってんだったら俺に出来るはずねえだろうよ


よう、エイダ。元気か。

ご覧の通り私は元気です。あなたもお元気そうですね。

あーあーありがとうよ。機械の心臓入れられてまだ無理矢理生きてるぜ、おかげさまでな。

それはなによりです。

うるせえ。


相変わらずの不遜な態度に、男はその場にぐったりと座り込む。
ほんとに俺今からこいつを説得するのか。面倒くせえ。
しかしこのまま黙って帰れば若きランナーたちの報復は免れない。かの凶暴なランナーの少女は笑顔で男の心の臓を抜き取るよう指示をするだろう。かの心優しきランナーの青年はもしかしなくてもそれを黙認するだろう。ああなんと恐ろしいことか。自分より10も年下の少年少女に命を脅かされるとは!
もういっそ一思いに止めを刺してくれよ、と男はぼやいた。ぼやくだけならただである。


何で俺がこんなとこまで来たんだか分かってるんだろ。

察しはつきます。

何でお前は優しい優しいレオのお願いを聞いてやらないんだよ。

私の存在意味は破壊と同義です。ジェフティがその役目を終えるのなら私も同じであるべきと考えます。

お前って奴は不便な奴だなあ。いいじゃねえか体が壊れたからちょっと入れ替えるだけと思えよ。

そういう問題ではありません。あなたと同じ次元でものを考えないでください。

あーあーそうか、それを言うか。せっかく俺が自分の事のように考えてやってるってのにそういう態度をとるか。

私は頼んでいません。

だーかーらー!なんでレオのお願いを聞いてやらないんだよ。あいつはお前を守りたい一心でカリストに放棄してだ、お前を心配して俺なんかに操縦を任せてだ、結果頭に血ぃ上らせてノウマンに突っ込んで死にかけてだ、そんな奴がお前に生きてくれっつってんだから言うこと聞いとけよ。

レオの気持ちには感謝しますが、私の任務は既に完了しました。どこかの誰かのおかげさまで結末は変更しましたが。

おお、感謝してくれて構わねえぞ。



座り込んだまま崩れた機体を睨み付けて男は言った。どこを見ていいのか分からなかったがとりあえずあの懐かしくも忌まわしい操縦席を見上げてみる。どうしてここまで生かされる道を拒否するのか男にはそれこそ理解不能であった。
彼女を救いたいかの青年ランナーはジェフティが壊れてしまった今、別の機体に移送したいと考えた。
それが戦闘用でも戦闘用でなくても構わないのだと彼は言っていた(おそらく戦闘用でないほうが彼の本望なのだと思われるが)。しかし彼女はその提案を一刀両断にしたのだという。
いろいろ彼女としては主張があるようだが男にとってはそんなことはどうでもいいのである。
ふと青年とAIの痴話喧嘩に巻き込まれているだけなんじゃないかこれは、と彼は思いつき、頭の中でなにかがぷつんと切れた。

あー、あったまきた。




ったく、意地張るんじゃねえよ馬鹿が。

…馬鹿ですか。

馬鹿だよ馬鹿野郎。なんて面倒くせえんだてめえは。こちとらてめえのジェフティ並みに壊れかけた体に鞭打ってここまで来てんだ。成果報告以外はする気はねえぞ。

あなたの得意な力ずくでどうにかしようとしても無駄です。

力ずくでどうにかしてやろうじゃねえか。お前が別の機体に移送されるまでこの心臓引っこ抜いてジェフティに搭乗してやっぞ。

な、何を考えているのですか。

うるせえこれで無駄に自殺も出来ねえだろうが!AIが消去されたら命令系統ぜんぶイカレっから俺にエネルギー供給できなくなる、ようするに俺は死ぬ。死ぬんだったら俺ごと殺す勢いで死にやがれ馬鹿AIが!

不条理です。なぜあれだけ生きることを渇望していながらそれを簡単に手放せるのですか。

うるせえ俺に文句があるなら言うこと聞きやがれ!




自分でも全くめちゃくちゃなことを言っているとは思うが、しょうがない。本末転倒であることも承知している。
どうせ自分も下手に生き残ってしまったといえば似たもの同士なのである。これからの未来を担う若者に希望を与えられるなら一度や二度死んでやろうではないか。
いや、そうじゃないな。この頑固な女を言い負かせるならそれで俺の人生は満足だということだ、彼は心の底から思った。馬鹿は自分であることを自覚しながらも。


男が自分が本気であることを示すがごとく左胸に手を置きさあどうするんだエイダさんよと噛み付けば、彼女はしばらく回線が切れたように言葉を失い、呟くように言葉を発した。



引っこ抜けるものなら引っこ抜いてみなさい。

言いやがったな!?










男が自らの生命維持の装置に爪を立てた途端、影で様子をこっそり伺っていた青年ランナーが必死の形相で駆け出してきた。













なあポンコツさんよ。

なんですか改造人間さん。

もしかするとお前、ジェフティよりも性能の低いLEVとかに移送されるのが嫌なんじゃねえの?

…そんなことはありません。

…当たりかよ!







一蓮托生になってしまえばいいよ妄想。 戻る