少女は暇であった。
とてつもなく暇であった。
本当はしたいことがたくさんあるというのに物忌みという日が彼女を屋敷に縛り付けていた。
外はこんなにいいお天気だというのに。
釣りとかピクニックとかしたいのに。これが龍神の力だというなら白龍なんて滅びてしまえ。
よのすべてにひかりあれ
腐るしかない彼女の元にやってきたのは一人の男。
日当たりの良い縁側にぺたりと座り頬杖をついていた彼女の前にやってきた男は、彼女の表情を一目見てひっそりと笑った。
「お早う神子殿、ご機嫌いかがかな」
「お早うございます友雅さん。どうしたんですか今日はまた」
「おや、つれないことを言う。今日は物忌みだと聞いたからね、またいつものように暇を持て余してここで寝てしまうのではないかと思ったのだよ。神子殿が風邪を引かれたら大変だ」
「廊下で寝ようと思って寝てるわけじゃないです。一応本を読んだり、日記を書いたりしてるんです。一応」
「うたた寝してしまう気持ちも分からないでもないけどね。この屋敷は居心地が良いから」
彼女は日差しを遮るように目の前に立つ男を見上げる。その目は明らかに不可思議なものを見る目。
その昔(とは言っても自分がこちらの世界に来て少し経つまで)、この色男がこの屋敷を訪れるのは決まって夜であった(そしてそれは勿論この屋敷に勤める”恋人”に逢瀬に来るためであり)(毎回相手が違うのは当たり前であり)。
そんな悪い大人がこんなに明るい時間からこの屋敷へやってきて、この様な台詞を吐くとはあまりに似合わない。
この屋敷の人々は、友雅様が変わったのは神子様がいらしてからであり、神子様のことをそれだけ真剣に想っていらっしゃるのでしょうなどという共通見解のようだが、彼女はそうは思わない。そうであるわけがない。第一全く好みじゃない。第二に真実を知っている。
彼女はやる気なく見上げたまま、それで?と問うた。
「どうかしたのかい」
「本当の目的を白状なさい」
「謎解きは苦手なのかな、神子殿は」
「…はーあなたもたいがい暇ですねえ。仕事しなくちゃあ駄目でしょう仕事」
「お厳しいな、神子殿。可愛らしい姫君達の顔を拝見しに来たというのに」
「ええい、このロリコン。私のことなんか眼中にないでしょうに!」
「おやおや、神子殿の世界では、それは褒め言葉なのかな」
「ええ、褒め言葉です。幼女趣味っていう」
「ありがたく受け取っておこうか」
彼女だけが知っているその真実をちらつかせても、目の前の男の笑みは柔らかなままである。
その余裕に思わず神子の怒りの爆弾が投下されそうになる。
そこに慌てて駆け出してきたのは金の髪の少年。
だめだよあかねちゃん!暴力はよくないよ!あかねちゃんが本気出したらこのお屋敷無事ですまないもの!とどさくさにまぎれたことを言いながら彼女にしがみつく。
彼は知っている。前に似たような状況で屋敷の庭が焦土となりかけたことを。
あああのときは怖かった。本当に怖かった。それでも自分は止めなくてはならない。何しろ今日の物忌みの日に手紙で呼び出しを受けたのは自分なのだ。今日は一日、彼女のそばで彼女を見ているのが自分の仕事である。がんばれ、僕。
「あかねちゃん、だめだよ。友雅さんだって仕事があるんだもの、怪我しちゃったらみんな困っちゃうでしょ」
「だってね聞いて詩紋くん!不公平なのよ…!?友雅さんってば身長は馬鹿みたいに高いし、派手な着物が恨めしいくらい似合うし、髪の毛だってこれでもかってくらいキューティクル誇ってキラキラ光ってるんだよ詩紋君!ここまでそろってるからこれまでいたいけな女の人たちが騙され続けてきたのよ…!?あの純真純白ピュア極まりない藤姫のことだものこの人に騙されちゃうのも時間の問題よ…!ありえない…!ああそうか分かったわお天道様まで友雅さんの味方をするってわけね!もう30代の大台にのるっていうのに!この時代の30代はお爺さんだって授業で習ったじゃない!まだ将来が輝いてる藤姫がお爺さんの毒牙にかかったとなっちゃぁ天国にいらっしゃる藤姫ママに顔向け出来ないわ…!」
この場に地の青龍がいたならば お前が藤姫の母親かよ! と突込みが入るであろう矛盾のありすぎる長台詞もなんのその。
これでもかとまで言われた男は動じない。
全く動じることなく、神子の手をとって
「神子殿も嫉妬だなんて愛らしい人だ」
余裕を溢れさせ、その手に軽く口付けた。
「ギャー!やめて穢れる!穢れる!っていうか嫉妬って誰が!誰に!?」
「私は大丈夫だよ。これでも八葉だからね」
「穢れるのはこっちです!」
「あ、あかねちゃんやめて!封印の印なんて結ぶのはやめてー!!」
響く悲鳴にすわ何事かと駆け付けた天の青龍は、それがいつもの二人のアレであることを知り思わず頭を抱えた。
抱えていたところに同じく喧嘩か喧嘩か!?と嬉しそうにかけてきた自分の対である青年に、迷った末、尋ねることにした。
「…天真、一つ尋ねても良いだろうか」
「おう、なんだよ」
「なぜ神子殿と友雅殿はあれほどまでにぶつかるのだろうか」
「ああ、そりゃお前話は簡単だ」
彼はおおいと渦中の少女を呼び、たずねてみせた。
「お前、詩紋のことどう思うんだっけ?」
「大好き」
「イノリは?」
「さらいたい」
「俺は?」
「ギリギリアウト」
あうとなる言葉の意味は頼久には理解できなかったが、全て表情に出るこの神子の言いたいことは分かった。
それはつまり
ようするに
「な?分かったか?」
昔からの友人として分かりきってしまっている青年がしょうがねえやつだよなあと笑って
「似たもの同士なんだよ」
答えた。
「なああかね。ついでに頼久は?」
「んー、アウト!」
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幻惑の摩天楼のお二人東京いらっしゃいませ歓迎☆縛り企画でした!
オチが豹柄着物の彼になってしまいましたが、私の縛りは友雅氏でお題が「キラキラ 爆弾 うたた寝」でしたー!
ちゃんと阿弥陀くじしたのにこのエロ中年を引き当ててしまう自分に負けました(笑)
エロ中年と神子は藤姫を取り合えばいいよ!と思いつつ…(藤姫はいつでも神子の味方だといいなと思いつつ…)
お二人、こんなもんでどうですか!許していただけますか!(笑)