男は困っていた。

目の前には探していた婚約者。
彼女はバルコニーで一人、遠くを見つめていた。
その視線の先には今は湖と化した土地。外に出てその空気の冷たさに男は慌てた。
こんなところに長い間いて、体を壊してはいけない。鎧を着込んでいる自分でさえ肌寒いと思うのだから、彼女はなおさら。腕も出ているし、足も出ている。ああ、だからドレスの裾はもう少し長いほうがと何度も…口にはだせなかったので思ったことやら。

今すぐにでも近寄って、その手をとり、城の中に呼んだほうがいいということは痛いほど理解してはいるのだが、男は彼女に声をかけることができなかった。
両親も故郷も亡くし、帰ってこないかもしれない弟のことを思う彼女になにをしてやれるというのか。

男は少しの間、静かに彼女を見守っていたが、その横顔を見ていてふと心配になる。
彼女はどこまでも自分を犠牲にする人である。
もし、彼女だけが生き残ってしまったとしたら、なにをしでかすかわからない。
そんな彼女を支えられるのは自分だけではないか。

うだうだと考えている暇はない。とにかく、暖かい場所へ。
彼は動いた。

沈着冷静と評されるその男は、出陣するときよりも勇ましく、剣を振るうときよりも緊張した面持ちであった。









比翼連理または同床異夢










女は考えていた。
弟は帰ってくるはずである。あの落ちたら最後何も浮かばないと評判のイスマスの崖から落ち、怪我らしい怪我ひとつしなかった弟のことであるから、サルーインごときと戦って死ぬとは思えなかった。
大体、故郷のイスマスを水溜りにしておいて、その上弟まで奪うとなればエロールといえども容赦はしない。あの詩人がその正体であるという話は聞いている。いざとなればニーサ神殿であることないこと訴えにいくしかないという覚悟の元、彼女は弟を待ち続けていた。
いつもならすぐにでも探しに飛び出すところだが、そういうわけにもいかなった。
イスマスはなくなってしまったが幸いなことに自分には居場所をくれる人がいて、自分のこと以上に気にかけてくれる人がいたからである。それはどこまでも穏やかなローザリアの国王陛下であり、勇ましい皇太子殿下であり。
甘えてはいけないとはいいきかせていたのだが、共に戦いに出た際に親しくなったバファルの姫には涼しい顔で利用してしまえばいいじゃないと助言された。

相手はあなたに利用して欲しくてたまらないのだから利用してあげるほうがいいでしょう?

利用してほしいとはこれいかに。
疑問に思ってずっとここに置いてくださいますかと尋ねてみると、皇太子殿下は一瞬言葉につまり、私はそのつもりでいたと小さく返された。よく分からない。




ぼんやりとそんなことを考えていると、いつの間にか空は陰り、空気が突き刺すように冷たくなっていた。
ふと、声をかけられたことに気がつき、振り返れば普段と変わらぬように見える、皇太子殿下その人。
しかし、彼女は気がついた。
ここにいたのか、ここは冷えるから中へと促す男は、どこか緊張しているのか、表情がいつもよりも固い。
そして男の面白いまでにぎこちなく腰に回された腕に気がつき、言葉をなくすほど驚いた。

考えてみればこれほどまでに近くにいるのは初めてではないだろうか。
いつも一歩下がったところで自分を見守ってくれている男が、自分のすぐ真横に。
見上げてみれば読みにくい表情のなかの瞳は動揺している。心なしか震えているその腕。蘇るバファルの姫の言葉。あなたに利用してほしくてたまらないのだから。まさか。殿下。ほんとうに?




ふと頬に冷たいものを感じ、見上げればちらちらと雪が降り始めていた。
エロールもたまには粋な計らいをすると思い彼女は微笑み、すぐ横で道理で冷えるわけだとごちた男の背に腕を回す。
驚く男に(しかしその表情は傍目から見れば全く変わらないのだが)、彼女は笑顔で口を開いた。



























その後、帰ってきた義弟に男は問うた。




「…アルベルト」

「ど、どうなさいましたか殿下。また姉がなにか…?」

「ディアナに早くお世継ぎをことを考えませんとね、と言われたのだが」

「…は、はあ」

「これはどういう意味で受け取ればいいのかわからないのだが」




すべてを理解した賢い義弟は、すれ違うわかりにくい義理の兄と実の姉を思い、沈黙を守ることにした。
世界は救われたが、マルディアス1を誇る王国はまだ平和とは言いがたいなと思いながら。















アルベルト編エンディングにもだえ転げたのでこれだ!と食いつきました。