城の門の前で飛竜から降りた彼を待っていたのは一人であった。
門の両はじ、城の前など要所要所にずらりと衛兵が並んではいたものの(そしてそれのほとんどが女であったのだけれども)、それらは大変優秀で余計な言葉を一切吐かず余計な視線を一切送らなかった。
出迎えた一人の女は、ふわりとドレスを弾ませ両手を開き頭を下げた。


ようこそシランドへノックス卿。お待ちしておりました。
本来であればこちらから参らねばならなかったところ、御足労いただきましたことを心より感謝いたします。到着早々お疲れのところ大変恐縮ではございますが女王陛下がお待ちでいらっしゃいます。どうぞ謁見の間までおこしいただけますでしょうか。


仕事だから仕様がないなどという空気は一片たりとも見せず、どこまでも穏やかに微笑み静かになめらかに動く目の前の人間に、男は声が出なかった。この女のことは嫌と言うほど良く知っている、はずである。
しかし男の知っている女は相手を刺し殺すような鋭い視線とうっかり触れたら断ち切られそうな空気を纏った人間である。

誰を見てもあの良く知った女に変換されるように自分の目が、耳が腐ったのかとも考える。
…なんでまたそんな奇怪な目にあわねばならないのか。




あまりに沈黙が続いたためかどうかなさいましたか、と女は伏せていた視線を上げ、男を見た。
私だけではご不満かとは思いますが、今回のご訪問はあまり大事にされたくないとのこと、アーリグリフ国王と我が女王陛下とで取り決められたと伺っております。それ故わたくしのみのお出迎えとさせていただいております。どうぞご理解くださいませ。

ああ、申しそびれておりました。お久しぶりでございますノックス卿。




再びお目にかかれて光栄でございますと笑顔で彼女は言った。
なにたくらんでんだかしらねえが気持ち悪ぃんだよ阿呆、と言おうとして言葉がひっかかり、黙ってうなずくことしかできなかった。ああ自分も丸くなったものだ。相手が誰であろうとごたごたぬかすなさっさとてめえの仕事を全うしやがれ糞が、ぐらいのことは言っていただろうになあ。
















普段はこういう仕事してんだよ。隠密稼業はあんたも知ってる通り、元々アーリグリフ担当だったんだけどね。今の状況でヘタに動くと再戦となりかねないんだよ。ま、まだ一応担当だからあんたみたいなのでもお出迎えしたってわけ。いくら顔見知りだからっていつもの態度で接するわけにはいかないだろ、一応国交問題なんだから。あ、この格好?これは内勤の制服。


何事もなかったかのように淡々と彼女は喋った。その視線は旅を共にしていた頃と同じくあんたは本当に馬鹿だなあ、と口以上にものを言っていた。
その珍しい雄弁さにあっけにとられつつ一応国家機密だろうことをぺらぺら話すなと忠告してやれば即座にばっさり切り返された。


何を今更!大体ねあんた今自分が何してるか分かってんのかい?人の首根っこをほいほい掴んで頭でも打ったかヤバイもんでも食ったのか阿呆って部屋に引きずり込んだのあんたじゃないか。前々から思ってたけどあんたって男は一貫性がないよやることなすこと。あたしだって余計な怪我したくないからはいはい答えてやってんだからね、話さなきゃなにされるかわかったもんじゃない。
で、いつまで人を猫みたいに引っつかんでる気だい。切り落とすよ!



手を離そうか離すまいか迷っている間にがつんと頭に頭突きをかまされた。
白くなる視界にくらくらしながら、ああ俺としたことがこんな攻撃を食らうなんて落ちたもんだなあと思う。同時にこうでなくては、という微かな喜びも芽生える。この糞女がそう簡単にまともになるはずがあるまい。アーリグリフでも1,2を争うほど恐れられたシランドの闇、その正体は口うるさくキレやすくえぐるような攻撃を仕掛ける女。
そうこなくては。




意識を喜びにも似た怒りに切り替え、ここまでコケにされて誰が黙って放すか阿呆がと切り裂く右手で女の顎を捕らえた。随分なご挨拶じゃねえか。相変わらずムカつく女だなてめぇは。ムカつくが、不細工にへたくそな猫かぶってるよりはよっぽどマシってもんだ。












その途端飛んできたのは急所への一撃と、二撃目の頭突き。










なかよしアルベルとネル。