突然の話ながら携帯電話を持つことになった。

何十年かの間眠り続けている間に世の中というものは進歩していくもので、目覚めたときには電話は持ち歩くものになっていた。自分の現役時代は、電話など一つの建物に一台あれば上々であったのに。しかもポケットにはいるくらい小さいときた。今では手紙など書くものはほとんどおらず、皆その持ち運べる電話で話をし、言葉を送るらしい。

男は当然の事ながら、それを所有してはいなかった。
男は人と積極的に話す方ではなかったし、男と積極的に話したがるのは戦友達だけであったから。必要になれば戦友たちは男がねぐらにしているいくつかのポイントをひとつひとつ潰していくしかなかったのだが、自主性を重んじる彼らはそれについて面倒だとぼやきはすれど、彼にそれを持つことを強要することはなかった。





それまでは。






先日とある事件に巻き込まれた際に、その今では持たない者の方が少ない小さなコミュニケーションツールを当たり前のように持っていなかった男が友人の娘に心の底から呆れられるという出来事があった。大昔に生まれた男にとっては当然だったが、生まれたときにはすでに大人も子供もそれを所持することが当然だった幼い少女にとって大の大人が電話を持ち歩かないということは全くもって不可解なことであり、有り得ないことであったのだ。

その話を、現場に居合わせた戦友の一人が他の面々にうっかり広めてしまったらしい。もしかすると、あの呆れた少女自身がそれを他に伝えたのかもしれない。
なんにせよその話は戦友達の中でも一番口やかましい少女に伝わり

今時ケイタイくらい持っててよねただでさえあんたどこにいるか分からないしいるっていうから会いに行ったら木の上からばさーーーーって落っこちてくるしあんたはなに!?新種の動物!?UMA!?少なくともみんなで集まろうって時にばさーっとしなくても連絡できるようにケイタイくらい持とう。っていうか持て。

仁王立ちをもって命令するに至ったのであった。
かくして、その言葉に「そうよね。せっかくだから持ってもいいんじゃないかしら。代金くらい私たちが持ってあげるし」ともう一人が同調し、女性陣が彼の電話を選ぶと言うことで話はまとまった。男の意志は無視して。正直なところ、男はなんでもよかったのだが。
そこで姿を消して音信不通になってしまえばいいものの、残念ながら男は約束事に関して真面目な人間であった。元技術者としても最新のテクノロジーに触れることは決して不快なことでもなかったこともある。そのため男は待ち合わせ場所に指定された広場のすみで静かに時を待つこととなったのである。目立たず、騒がず、静かに。



「あっヴィンセント!」



しかしその静寂はいつぞやの事の張本人によって破られた。
買い物途中らしく小さな鞄を肩から提げた彼女は、一見道ばたに丸まっているボロ切れの塊にしか見えない男を見つけるとこぼれるような笑顔を振りまき飛びついてきた。何の躊躇もなく。




「ミッドガルにいるの、珍しいね。どこかにいくの?」

「…電話屋だ」

「ほんと?」

「電話を、買いに行く」




元はと言えば誰のおかげだと彼が口には出さないでいると、少女の姿が消えた。
気がつけば少女は右腕にぴたりと張り付いて私も行く!と何が楽しいのやら。大変ご機嫌であった。自分の買い物も終わったし、どんな携帯にするのか気になる!とのことであった。
彼は少しだけ考え、彼女を張り付かせたままでも大して問題はなかろうとなされるがままにさせておいた。
しかし彼にとって誤算だったのはそれが新たな仲間を呼ぶと言うことであった。どこからか召還されてきたかの如く集まってきた少年少女たちが口々にあっマリンだ ねえマリンなにしてるの そのひとだあれ あかいね このあいだきょうかいのとこで見たよ クラウドのとこにもいたよだのと口にしつつしかしどこかしら遠巻きにしていたのは最初だけ。背中に張り付いていたマリンがその肩から顔を出して、「ともだち!」などと答えたが最後であった。
歓声を上げて彼に飛びついた子供たちび重さは感じなかった。感じないが全身が揺さぶられるような音量を上げる子供たちに次から次へとしがみつかれている自分の姿を想像しやれやれとため息をついた。

自分がうっかりリミットブレイクしたらこの子ども達は泣くのだろうなあと考えながら、それでも彼は抵抗しなかった。抵抗、出来なかった。














合流に手間取って少しだけ時間に遅れてしまった二人は、待ち合わせ場所であるはずの広場で人だかりを見た。子ども達がわあわあと笑い声と共に小山のようになっている。そのてっぺんにはよく知った少女。子ども達の間に見えるのは千切れそうな赤いマントの先。

二人は思わず顔を見合わせ、吹き出すのを堪えつつその”小山”に声をかけてみることにした。


「あ、あの、ヴィンセント?」
「あ、あんたさあちょっと、す、凄いよ?」


歓声の合間を縫って彼のかすれた低い声が返ってきたが、聞き取ることは出来なかった。








彼女らがその途端爆笑したのは言うまでもない。






3周年企画でリクエストいただいたもの。
伝説の妖怪みたいな都市伝説みたいな存在のヴィンセントさんすげえという気持ちを込めました。