物価の高さに衝撃を受けたと、宿の一室で勇者その人は嘆いた。彼女が生まれたところは基本物々交換であり、薬草などその辺りに生えているようなものだったのだ。その辺りに生えているものに金を取るとはなにごとか。彼女が思い切りの熱弁を振るっているとあたしがショックだったことといえばねえ、と目の前に足を投げ出して座る姫の足の爪に色を乗せながら踊り子が口を開いた。


「なんてったって伝説の勇者様が女だって知った時よう。それまでのときめきを返せっての」

「ええそうね姉さん。私が言い出すまで勇者のゆの字も忘れてたときめきよね」

「私にしちゃあそれで思い出せただけだいぶ上位にいるじゃないのよ」

「ええ、ええ。すみませんねえ、女に生まれてごめんなさいねえ。心の底から謝るからあなたが腰掛けてる私の服の上からどいてくださる?っていうかそれ汚れてるから早くどいたほうがいいと思いましてよ?」

「それはもう、喜んで立ち上がろうじゃないの。まあでも自分が伝説の何人だかの一人っていうほうが驚きだけどねえ。よし出来た。はいアリーナ、次反対の足」

「わたしねー、一番初めにびっくりしたのはトルネコさんだった」

「あー分かる気がする」

「だってさあぜんぜん鍛えてるように見えないのに物凄く力持ちなんだよ!?一回あの鉄の金庫っての持たせてもらったけど凄まじい重さなの!あれ背負って盾つけて鎖鎌振り回してるんだよ!?凄すぎ」

「でも全く重そうにしないのよね、あの方」

「そういうところに奥さんは惚れちゃったんでしょうよう。人間ギャップに弱いのよ。頭見るからに悪そうな奴がちょっと気を使ってきたりなんかするとコロっと落ちたりするもんよ」

「経験者の言葉は重みがあるね」

「よおく聞いておきなさい子羊ちゃんたち」

「あっギャップでこの間びっくりしたんだけどね!」

「はいはい。動かないでね。ずれちゃうから」

「この間ライアンさんとミネアが料理係だったときあったでしょ。あのときわたし薪割り係でそれはもう楽しく薪を割ってたの。そしたらクリフトがいたからやりたいかなあと思ってちょっと代わってみたんだけどね。そしたら結構やる気で腕まくりなんかしちゃったんだけど」



どこに薪割りを楽しむ姫がいるのよ、という突っ込みには勇者が何事も楽しんだものが勝ちなのよと謎の格言を持って堂々とした態度で返す。占い師はいつものようにそんな二人の会話は放っておき、身振り手振りで説明する姫に相槌を打った。話の主役はそこで本当にびっくりしたんだから!と目を大きく見開いて言った。



「腕が」

「腕が?

「しっかりしてたの」

「はぁ?」

「うちにいたころはもうひょろひょろしてて何にも食べさせてないんじゃないか、むしろクリフトのご飯は全部私が巻き上げちゃってるんじゃないかって父さんも心配してたもんだったの。こう、風が吹いたらとんでっちゃって塵となって消えそうな」

「ああ、想像できるわね」

「でもそれが、なんかあの頃からは全く想像つかないの!なんか筋肉とかついてて!軽々薪割ってるの!見た目は全然変わらないのに!」

「まあ、あれだけ重たい呪文書をいつも持ち歩いてればねえ」

「あれだけおてんば姫様のお守りをさせられて走り回ってれば体力もつくでしょうしねえ」



お転婆姫様を囲んだ三人の女達は思う。
それだけの苦労と努力と成り行きをもって今の彼があるのだろう。
あの若き僧侶はこの姫様に一生つき合わされるのであろう。
青年が逞しくなるのと胃に穴を開けるのはどちらが先か。
まああの青年も少しずつ学んできてはいるのであるが。

つまり、諦めが肝心ということを。




「じゃあアリーナ。もしこのままクリフトがどんどん強くなったら結婚相手として認めるの?」




確かアリーナって自分より強い人しか結婚対象じゃないんでしょう?とミネアに尋ねられ、そうねえと腕を組みしばし考え、彼女は答えた。大真面目な顔で。真剣に。



「このまま順調に成長してお城の壁に穴があけられたら認めるわ」



一瞬の沈黙の後、爆笑が巻き起こった宿の一室で、マーニャは涙を流して笑いながら青年が胃に穴を開けるほうに50G賭ける事にした。心の中で密かに。













3周年企画でリクエストいただいたもの。
クリフトとブライって良く考えなくても凄いという気持ちを込めました。