男と少女がそこにいた。
何処からか出したちゃぶ台の上に、これまた何処から出したのか大きな布団を一枚かぶせ、その上に適当な板を敷いた即席の炬燵もどきを挟んだ状態で。
だって普通のちゃぶ台じゃ足が寒いじゃないか!という神の一声によって完成したそれに、なぜ問答無用で足を入れさせられ、靴下は脱いだほうがいいな!などと言われるがままにされているのかは少女は分からない。いつものことであると諦めるしかないのは分かる。
少女は裸足を布団の中で摺り合わせながら、目の前の希臘彫刻のように整った顔立ちと称される男を見つめ、ため息混じりに呼びかける。ああ、なぜ私はこの様な日のこの様な時間にこの様な場所で彫刻男と向かい合って蜜柑など食べているのか。考えれば考えるほど分からない。
「探偵さん」
「僕に話を聞いて欲しくば、隣に座りなさい女学生君」
「…探偵さん」
「若しくは此処でもいいぞ。今日はスカートだな。うん。よし」
「探偵さん、神様なんですよね」
「そう、そのとウりだっ!僕は神であり、探偵だ」
「神様なら困っている人の話に耳を傾けるのが筋ですよね」
「うんうん、君は今実に正しいことを言っているぞ女学生君。うちのバカとかカマとかオロカとかに聞かせてやりたいものだ」
「それ、一人に断定してます。とにかく耳を傾けてください。筋なんですから」
「いいとも!此処に座るのなら!さぁ遠慮せずどおんと座りたまえ!」
「…あのですね。私、お家に帰りたいんですけど」
「どうして?」
さあどうぞとばかりに自分の膝をぽんぽんと叩いていた男が少女の目を見つめ、不思議そうに聞き返す。
その声にはからかいや面白がっている響きなど不純物は一滴も混ざっていない。心の底からの疑問。
少女はそれに断言を持って返す。この大人の前では言い淀んだら負けだと言うことは嫌と言うほど学んでいる。
決して勝てることがないと言うことも知っているのだが。
「君はお父さんの膝には喜んで座るというのに僕の膝を拒否するのか!分からないなあ」
「…お正月は家族で過ごすものですから」
「それはいつ誰が決めたんだ!」
「昔から日本人は皆そうだと思います。一応出かけるって言ってありますけど家できっと両親も祖父も待ってるでしょうし」
「分かったぞ!」
「う、うわぁっ」
男は突然即席炬燵をひっくり返さん勢いで立ち上がり、度肝を抜かれ言葉を失った少女の手をがっちりと握りしめさあ女学生君行くぞ!直ぐ行くぞ!と叫んだ。何処へと尋ねれば何を当たり前のことをと言った顔で
「君の家に決まっているじゃあないかっ」
断言した。
「日本人が正月は家族と過ごすと言ったのは君だ!だから僕は君を連れて君の家に行ってそこで君と過ごすことにする。どうだ公平な解決だろう!」
特別に僕が車をまわしてあげよう。君は隣に乗りなさい女学生君。うん君は家に帰って着物に着替えなさい。そのスカート姿も可愛いが着物もきっと可愛い!それで初詣に出かけてもいいぞ!僕は人と同じことをするのは好きじゃあないが、君の着物姿を見れるのなら安い物だ。それに君は家でなら僕の膝に座るだろう?
一方的に捲し立てる男に手を引かれるがまま歩き出しながら少女はようやく、ようやく気がついた。
目の前の整った顔立ちの、神であるはずの男はもしかして、自分と一緒にいたいだけなのだろうか?
それに先ほどから何故膝の上に固執するのかと思っていたがもしかして、自分の幼い頃のそれらしき記憶を”視て”、焼き餅をやいたとでも言うのか?男の声が蘇る。君はお父さんの膝には喜んで座るというのに。
…父親に、焼き餅?
少女が思わず吹き出すと、おお、ようやく笑ったな女学生君。君は可愛いのだからどんどん笑いなさいと男も笑った。笑う理由は何一つ尋ねず、ただただ満足そうに肯いて。
少女は笑いながら、神である男を見上げた。
「ねえ探偵さん。探偵さんは神様なんですよね?」
「そうだとも、女学生君」
「神様も、誰かを好きになったりするんですか?」
少女の問いに、良い質問だっ!と男は微笑む。
何故か胸を張って、楽しそうにくるりと少女の方に向き直って
神は子羊の問いに答えたもうた。
「勿論、僕にもそういう気持ちはあるんだよ」
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エノミユフェスタに飛び入り参加させていただいたものです。
志水さんありがとうございました!