「はい、突然ですが問題です」
「はあ」
「銀さん御一行は銭湯に行くことになりました」
「はあ」
「なぜでしょうかっ!制限時間は3秒な。さーんにーいいーち」
「…また水道止められたんですか?」
「ぶー残念。正解はもっと大惨事。はい神楽さんどうぞ」
「風呂釜が壊れたからでしたー!」
「もっと惨めだわ!!」






                
                            ラ

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                                                   物 






風呂釜が壊れた程度のことは、この家に住んでいる時点で覚悟の上なのだと彼は言った。
そして江戸には公園の水道を風呂と呼んでる侍もいるんだぞコノヤローと締めくくった。
そんな力一杯開き直るなよこの貧乏侍がと怒鳴り返しつつ、このスペースに暮らすもう一人の住人、一人の少女の反応を伺ってみると、彼女は楽しそうに風呂場から洗面器を、そして自分のねぐらである押入から幾枚かの新しめなタオルを持ってきてさあ行こうと準備万端なのであった。ほらお前の分ヨと洗面器を渡されたので僕も行くことになっているようである。お前んちに風呂入りに行こうかと思ってたんだけどよー、まあたまにはいいだろとと彼は笑っていた。


「私オフロヤサン初めてヨ。早く行って牛乳飲むアル、牛乳!」
「バカオメー牛乳は一番最後だよ、楽しみは最後までとっとくんだよ」
「銀ちゃん牛乳飲めないくせに楽しみアルか?」
「フルーツ牛乳っていう素晴らしい物が世界にはあるんだ知ってるか?それより神楽、頼むから石鹸がねえとかいって素っ裸で飛び出してくるんじゃねえぞ、お巡りさんに捕まっちゃうよ、お前。わいせつ物陳列罪だよ」
「レディーに向かってなんてこと言うアルか、そっちこそ石鹸踏んでひっくり返って汚いモノ皆様にお見せするようなマネするんじゃねえぞ!」
「レディーはそんなこと心配せんでいいわ!」
「なんでもいいですけどそもそもなんで風呂釜なんて壊れたんですか。そうそう壊れないでしょあんなもん」
「そりゃあれだよ、あれ」
「アレってなんですか」
「そんなんいろいろあるだろ、たとえばほら、往年のコントで言うところの屁とか」
「そうそう銀ちゃんが大爆発させたアルよ」
「いつ時代のコントの話だァアアア!!」


この二人がなにやらのらりくらりと言葉を濁すので結局原因は銀さんが爆発させたというオチに落ち着いたのだけれど、風呂場に謎の毛が沢山落ちていたことから事件には定春が大きく関わっているだろうということは予想できた。なにやったんだよほんと、あんたら。

















銭湯までの道のりも、そしてお金を払って服を脱いで湯船に浸かるまでも、それなりの一悶着があった。それこそ定春と一緒に行くと言って聞かない神楽ちゃんを説得したりだとか(銭湯まで破壊するつもりなのだろうか)、通りかかった駄菓子屋に張り付く二人に蹴りを食らわせたりだとか(中身は同じだこの二人)。
どうにかこうにかたどり着き短い至福の時を過ごし、そろそろ出ようかなと思ったところできゃっほぉおおおおう!と風呂屋中に響き渡る凄まじく喜びあふれた悲鳴。
あーもーあいつはしょうがねえなあーと首にタオルをかけ、さっさと服を着替えて外に出ると入り口の横、ガラス張りの小さな冷蔵庫にべったりと神楽ちゃんは張り付いていた。
僕らの姿を認めると、ちょっとあんたたち凄いアル!早くいらっしゃいな!と手招いた。
なになに、と食いついた銀さんの目が見開かれる。


「おおおすげええええ!なによ、おっちゃん!ここフルーツもコーヒーもイチゴもあるわけ!?なにこの奇跡の品揃え!神だよ!あんた神だよ!」


オレンジ、ピンク、ミルクブラウン、そしてホワイトの瓶を、まるで宝石か何かのように見つめる一人の大人と一人の子どもを見ていたら、言葉が出ずに笑ってしまった。


コーヒー、いや、イチゴにすっかなあ
イチゴなんてお子さまの飲み物ヨ銀ちゃん
バッカオメエ苺牛乳様に謝れや!揺りかごから墓場まで江戸っ子はみんなお世話になるんだよ!江戸っ子の命の源だよ!?
そ、そうなの!?それは知らなかったアルごめんなさい苺牛乳様
もういっかーい!
ごめんなさーい!


いつのまにやら番台さんだけでなく他の客達も、傍目から見ればアホで、そして本人達にとっては真剣な会話を笑いながら見ていた。出来の悪い子どもを見守るような目で。それはこの二人だけではなくて、そばでそれをあきれ果てたように笑う自分にも向けられていて。
ひとくくりにされることを諦めるべきなのか、それとも喜ぶべきなのか。
彼がもやもやとした、しかし決して居心地が悪いわけではない空気の中考えていると、おーいと二人の声がかかる。
顔を上げればお前は?と笑顔で尋ねる男。
そして同じ表情の少女の問い。


「新八はどれにするアル?」


いつも暴れ回っているその姿を想像させない小さな体でしゃがみ込んだまま
湯上がりのせいか頬を薔薇色に染めて本当に楽しそうに笑っていた。
















「はい、突然ですが問題です」
「はあ」
「銀さん御一行はコインランドリーに行くことになりました」
「はあ」
「なぜでしょうかっ!制限時間は3秒な。さーんにーいいーち」
「今度は洗濯機壊したのかあんたはっ!!!」





2005 4 29



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万屋祭りに提出しました。
楽しかった…!(書き殴るのが)