英雄:オレンジ
性格:空気読まない




外は叩きつけるような冷たい風が吹き荒れていた。
すでに朝まで曇っていた空は強い風のおかげで雲一つなく、眩しいほど空が明るく、男は目を細めた。
男の目の前には年がら年中無駄に熱く無駄にやる気に満ちあふれていて無駄に元気な赤い服の青年が力一杯の屈伸運動中であった。
自ら発する熱とやる気と元気で爛々と輝いている目で真直ぐに目の前の湖を見据え、屈伸運動をする青年に何を言ってももう手遅れであろうとは思う。止めても効果が全くないことは嫌と言うほど知っているというのに、言葉をかけてしまう自分の性分にうんざりしながら男はまあ一応止めておくが、と言った。




「悪いこと言わないからやめとけって」

「そういうわけにはいかないな」

「だろうな」




相変わらずの脈絡のない主語も述語も接続詞も形容詞もぐたぐたの青年の言葉を翻訳すれば、この季節にやるものでは決してない水泳大会とやらでどうやら大切な物をなくしたらしい。
俺としたことが不覚だったと言う青年に、お前が物を無くすの壊すのは日常茶飯事だと返しながら男はふと違和感に気がついた。




「物に執着しないお前が珍しいな、そこまでするとは」



いつもならまあいいか/そんなこともある/気にすんなって/の三大台詞で片付けられるはずの青年である。無くすの壊すのは得意でも探すの直すのはめっぽう苦手な青年である。
この男が執着するのはかの女傑か夕食か昼寝に関してだけで、物質的な物と言えば宝石だろうががらくただろうが一緒くたにするようなような人間だというのに。
彼はその言葉に屈伸をやめ、腕をぐるぐると回しながらまあねと答えた。



「俺の中ではかなり上位ランクで大切なんだよ」

「何をなくしたんだ、何を」

「うーん、言うなれば、愛?」

「黙れ」



大真面目な顔をして返ってきた言葉に真面目に聞く気も失せきって男はああもういいからさっさと言って来いと投げ捨てるように言った。幸いこの湖はそんなに深くはないし、水も澄んでいる。大体自分が飛び込むわけじゃないし、こいつが風邪を引くなら昨日の水泳大会とやらの時点でひいている。
俺が帰ってきたら拍手喝采で迎えてくれよと言う青年に今まで男の横で黙っていたゲドが一応聞いておくが、と前置きをしてから、今日は風も随分強いから明日にするとかはないのかと尋ねれば、青年はそんなものは全く問題じゃないとはっきり返した。
例えこの世に賛同者が一人もいなくても、実行するその身勝手な行動力を最大限発揮して、青年は言った。

曰く、俺が負けていいものはこの世でひとつしかないんだよ。

その言葉にゲドもそうか、とだけ返し口をつぐんだ。男もうんざりとした顔で片手をひらひらと振ってやれば、青年は仕上げとばかりに深呼吸をして思い切りのびをして、じゃ、行ってくる!と片手を上げた。ただそれだけしか目に入らないかのように湖を見て、大きく息を吸った。




「木枯らしなんぞにい」



自分を勇気づけるように。息を大きく吸って、ぴしゃっと自分の頬を叩いて、青年は駆け出した。



「負けてたまるかああああ!!!」



青い色に吸い込まれるように赤の色が消えるとその場に残されたのは清々しいほどの水の弾ける音。
ところであいつは何をなくしたんだ、と首をかしげるゲドに男は素直に答えてやることにした。ああ、愛だってさ。愛。それ以上聞くなよ、俺だってそれ以上知らないんだから。
サナ関係なのは間違いないけどな、と続けたところで様子を見ていたのか見ていなかったのか当の女傑、炎の英雄がこの世で負けてもいい唯一の人が近寄ってきて、面倒なのがいないうちにできる仕事片付けちゃいましょうとさらりと言ったので男は思わず噴き出した。
ああオレンジ、お前は戦う相手を毎度毎度間違えている気がするよ俺は。


















次の日の朝、何事もなかったように笑顔で朝食を頬張っていた青年は、
友人たちの姿を見つけると大変誇らしそうな表情で手を振った。


本人曰く
俺は勝ったよ!だそうだ。











英雄祭発掘祭。
ゲドとワイアットがいないとこの集団は潰れます。
2013/05誤字脱字その他一部修正。