今の今までどこにいっていたのか、なにやら大きな紙袋を抱え宿に帰ってきた青年は、その扉の部屋を開けて不思議に思った。
そこには疲れたように椅子に腰掛け、ぼんやりと窓の外を見ている赤い服の青年が一人しかいない。いつもならまっさきにお帰りなさい兄貴お帰りなさいスシと声をかけてくれる二人はどこへ?
一人出迎えた青年は帰ってきた彼を見上げ、おお帰ってきたか、このまま帰ってこないんじゃねえかと思ってたとこだぜとぼやいた。
その様子に何か引っかかるものはあったものの彼は荷物を机に置き、とりあえずただいまと返した。


「ククールひとり?とりあえずゼシカはどこいっちゃったんだろ。お土産があるんだけどなあ」
「ゼシカちゃんに御用時?ならそこに」


赤い服の男はほれ、と力なく親指で指し示す。
パルミドの宿はお世辞にも綺麗だとは言えない。部屋は大部屋がひとつ。
一応ベッドはあるものの数はやはりひとつだけで、あとは床に敷かれた薄っぺらなふとんがそこここに。
生まれも育ちも外見も全く違う彼らだったが一応差異はあるにせよフェミニストの精神は持ち合わせていたため、その唯一のベッドは紅一点のものになるはずであった のだが。


指し示した先には、床の布団の隅に丸まって寝息を立てている彼女の姿。
それを見る青年の表情はなぜかとても複雑であった。なぜだかはスシには分からない。



「さっきまでヤンガス先生の淡い青春メモリーとやらに大盛り上がりしてたんだけどな、ちょっと目を離したらこうなってたってわけ」



ビーナスの涙をゲルダに渡したことで、何年越しかの本懐を遂げたらしいヤンガスはアルコールの力が加わって大いに盛り上がってしまったらしい。熱く語る彼は大真面目に相槌を打っていたゼシカを巻き込んで、それはそれは大騒ぎをしたらしい。
見れば反対側の隅でいびきをとどろかせている大の字の男がいた。その横にはどこから取り出したのか空っぽの酒瓶。
スシはおやおやとつぶやきながら転がっている酒瓶を机の上に置いた。ヤンガスは酔っ払うとすさまじい。よく宿屋から追い出されなかったものだ。



「じゃあしょうがない。お土産は明日渡すか」

「問題はそこじゃねえだろうよ」

「まあでも、よかったじゃない」

「何が」

「ククール床で寝るの嫌がってただろ?だいじょぶだよ、ゼシカ寝ちゃったら朝までてこでも起きないよ」

「あのなあ…」



再び、青年は複雑な表情で彼女を見下ろした。
一応貴族の生まれで、修道院で育った彼は意外なところで潔癖症なところを発揮し、この町には拒否反応がありありと出ていた。
今日はこの町に泊まると聞いたときもそれなら外の馬車でおっさんの横に添い寝したほうがマシだねという彼を無理やり引きずってきたのである。馬姫様と体の小さなトロデ王ならともかく、図体のでかいお前が馬車なんかで寝れるわけないだろ!馬車壊れちゃうよ!それにお前もうMPないんだからきちんと回復しないとみんなが困るの!子供じゃないから我慢なさい!装備ちょっといいのにしたげるから!となだめてすかしてようやく引きずり込んでみればベッドはひとつしかなく、ああ体が痒くなるとぼやいていた彼である。
ラッキーだったねとスシは笑い、さあて僕も寝るかねーと雑魚寝組の居場所を作るべくヤンガスを転がしたりしていたその横で、赤い色が動いた。



信じられねえよ、どうしてこんなとこで普通に寝られんだよ、見てるだけで痒くなってくるぜとぶつぶつ言いながら彼は彼女に近づき、その体を猫でも掴むようにして持ち上げた。そして明らかに無造作にベッドに放る。何処かゆがんでいるらしいそのベッドはその衝撃でぎしりと嫌な音を立てたが、彼女はいまだ夢の中にいた。死んでいるかのように身動きひとつしない彼女を確認すると、彼はそのままなるべく壁紙や塗装のはがれていない壁を背にどっかりと座り込む。どうやら今日のねぐらを決めたらしい。

そこに女性に優しい色男と評判のはずの青年はいなかった。



てっきり”レディがこんなところで寝ちゃいけないな”なんて歯が浮くような台詞とともに何かしらのアクションを起こすかと思えば。
誰だ誰だ、こんなやつを軟派な軽薄男と言ったのは。夢を見ているお嬢さん方が今のこいつの態度を見たら一気に目が覚めるに違いない。
青年は笑った。



「さっすが、女性に優しいねーククールさんは」

「いくら俺でもこんなベッドで寝られるかっての。まだ床のほうがマシだぜ」

「そういうことにしとこうか」

「こんなところで爆睡できるやつを、お嬢様だとは信じないぞ、俺は」

「それでもベッドはちゃんと譲るんだね」

「俺の話を聞いてたか?」

「骨身に染み付いたフェミニストがそうさせたのかなあ」

「もう何とでも言えよ」






明日、ベッドの上で目覚めたゼシカは譲ってくれたと思うだろう。彼にどんな真意があったとしても。
そしてきっと礼を言うだろう。ああ見えて礼儀正しい子だから。

それに対してこの似非フェミニストはなんと答えるのか。
スシはとても気になった。