サザンビークについてからというもの、ゼシカの様子が少々おかしくなったように彼は感じていた。
いつでもどこでも(あのパルミドでさえ!)好奇心が勝り、目を輝かせている彼女が明らかに疲れた顔をしている。
その原因はすぐに分かった。サザンビーク大臣の家。大臣その人が書いた日記を盗み見してみればそこには息子の婚約者の名前にはっきりとゼシカの名前。

まさか婚約者がいたとはなあ、と何が面白いのかにやつきながら彼は言った。



「で?ゼシカは納得してんの?」

「してるわけないじゃない。母さんの思い通りになるなんてまっぴら!私はお姫様じゃないのよ?小さな村のちょっと大きな家に住んでるだけの一般人じゃない!そりゃご先祖様はみんなに貢献したんだかなんだかしらないけど、あたし自体はちっとも偉くないのよ?ばかばかしい。もちろんご先祖様のことは誇りに思うわよ?けどあまりにもばかばかしいわ」


そこまで一気に言い切り、息を継ぐと


「知らないかもしれないけどね、騎士様。生まれたところによっちゃ結婚ってそんな夢のあるものじゃないんですのよ?」


と締めくくった。
ねえ、ミーティア姫?と傍らの白馬に問いかければおっしゃるとおりといなないた。
気持ちはわからないでもない。よりによってサザンビーク1、いや世界一アホの王子と、それに次ぐアホの大臣の息子である。仰々しい肩書きがなければ見向きもされない、肩書きがすべてのやつらである。
そんなものたちと親の都合だけで婚約させられてしまったという不幸を背負う彼女たちは一致団結してしまったようだった。



「考えようによっちゃあいいんじゃねえの?大臣の息子ならそれなりの仕事について朝から忙しいだろうから一日で会う時間なんてせいぜい数時間だろ。やりたい放題じゃねえか」

「まあ勉強しようがレベルを上げようがやりたい放題よね。ねえククール。いつでもいいからそのうちザキ教えてくれない?」

「殺る気満々かよ」

「帰ってきたらすぐザキかけて、朝一で教会に引きずっていけばいいかなと思ったのよ」

「おっかねえ嫁さんだこと」



だから、と彼は続けた。
浮気すればいいんじゃねえの?俺前言ったろ?婚約してるってのは婚約者という安全パイを確保したまま好きなだけ遊べるいい立場だって。結婚だって似たようなもんだ。


「ゼシカがその気なら浮気相手ぐらいにゃなるぜ?」

「何が悲しくて確実に浮気する相手と浮気しなくちゃいけないのよ」

「その辺の背徳感がまたいいんじゃねえの?」

「あんたにまずザキをかけたほうがいいわねえ。一撃で葬り去る自信があるわ私」









楽しんでいるのかいないのか分からない会話を聞きながら、純白の馬は純粋に思う。


ミーティアもザキを覚えたほうがいいのかしら?


来るべき明日のために。
その疑問が絶対に覚えなくてはならないという決意に変わるまではもう少し。
サザンビーク王家のいざこざに巻き込まれるのはこの直後のことであった。