扉を開けるとそこは、狭い宿屋の一室であった。
真っ直ぐに飛び込んできたのは突き刺すような視線。
しかしそこからは怒りや憎しみは感じない。
どちらかといえば、諦めのようなもの。

どうしてこんなことにと彼は思う。きっと彼女もそう思っているに違いない。
彼は恐る恐る口を開いた。



「…なんで、正座してるんですか」

「…」

「なんで正座してばっちり背筋伸ばして俺のことじっと見てるんですか」

「なんでって、どうしていいかわからないからよ?」

「いや普通こういう時って正座で待ち構える?凄え怖いんですけど」

「じゃ、今までのあんたの経験上の"普通"はどうやって待ち構えてたの?」



完全に墓穴を掘った彼が絶句するのも気にする様子はなく、彼女は広いとはいえないベッドの上で足を伸ばした。うちの母さんが相手の出方に困ったら行儀よくそこに座ってなさい、とりあえず相手の話を静かに聴きなさいってよく言ってたから従ってみたんだけどあんまり役に立たなかったわ。



「慣れてるんでしょ、なんであたしより固まってるの?いつもの態度はフリで、実は物凄く純情でしたってオチ?」

「いや、なんつうか」

「それはないか。ドニの酒場のママとかバニーさんとかが言ってたもの。あの子は若いころから凄まじい女泣かせだって」

「なんでそんなことみんなにベラベラ喋ってるんだよあの人たちは」

「いろいろな意味で」

「それお前意味分かってないだろ。意味分かって言ってないだろ…!」



どうしてこんなことに、と彼は何度でも思う。
とりあえず4人で旅していたころから愛用している分厚い寝間着を羽織る彼女の横に腰掛け、彼はくたびれはてて肩を落とす。顔を手のひらで覆う。



「あー駄目だ俺。心の準備ができない」

「あんたほんとにククール?いつもの無駄に自信満々な態度はどこに落としてきちゃったの」



どっかに落ちてるだろうから探しに行こうかと笑い、
もう面倒だからさっさと休んで明日に備えるっていうのはどう?と彼女は素晴らしい解決法を示した。
それに同意を返しつつ、
彼女という人は本当にこれまでの彼女たちと同じ生き物であるのかと彼は心の底で疑問を抱いた。