うたう

ねえアリス、とマルガリータは目の前の青年をなるべく視界に入れないようにしながら問うた。活動しているときはどこまでもガラが悪く目つきが悪い青年は、どう好意的に見ても暴力沙汰の末腹に一撃喰らって崩れ落ちたとしか思えない態勢で活動を停止していた。しかし、大変痛々しい姿でありながらその青年から聞こえてくるのは呻き声でも恨みごとでもなく安らかな寝息という大変な矛盾。思わず「わざとやってるでしょう坊や」とツッコミを入れそうになるのを気合で食い止め、マルガリータは再度口を開いた。


「ねえ、アリス」

「はい」

「これ、なに?」

「ええと、昼寝だと思います」

「昼寝だろうと夜寝だろうといいんだけど、なにこの寝相」

「わたしも初めて見たときは驚きました。苦しくないのかなって」

「こんな恰好して寝てたらそりゃあストレス解消しないわね。溜めに溜めこんで大爆発させて亜細亜から東欧まですっとんでって人の家に勝手に上がりこむわけだわ。合点がいった」


真面目腐った表情を作り、うんうんとうなずくマルガリータにアリスは笑って「本当ですね」と返した。ああ、あの時は大変であった。あっちこっち世界を巡りに廻り探しに探しようやく見つけたと思えば見ず知らずの吸血鬼の家に居候と洒落込んでいたと分かったときには思わず手だけでなく足も出た。今日も今日とて夕方にふらりと宿を出て行ったかと思えば夜になっても帰って来ず、またどこかに1人で突っ込んでいったのではないかと探しに出てみれば広場の片隅のベンチで爆睡中ときた。
この非常識を固めて人型にしたような坊やに普通を求めても無駄ね、とマルガリータは静かに首を振り占領されたベンチの横の花壇にそっと腰を下ろす。アリスはその横にちょこんと腰かけ、気分転換って必要ですよね、と真面目な表情でうなずいたので、マルガリータはそれに力いっぱい同意してみせた。そのとおりよアリス。そういうことってどうでもよさそうに見えて重要よ、体の中に溜めこんだらいけないのよ、体調を崩すだけじゃなくて悪いものを呼ぶから。

その言葉にアリスは何か思い当たる節があるのか(そういえば坊やは心の中に現在進行形で悪いものを呼びに呼び込んでいる(そしてそれらにこてんぱんにのされたり返り討ちにしている)のではなかっただろうか)そうですよね、ウルはそういうところへたなんですね、と大変真面目腐った顔でマルガリータを見つめるものだから、マルガリータはそんなアリスの顔をまじまじと見つめ返し、やあだ、と吹きだした。

「人のこと言えないじゃないのアリス。よおし、じゃあ今日はお姉さんと一緒に思いっきり気分転換しましょうか」

浴びるように飲んで、力の限り歌うわよ!さあ、そうと決まれば坊やは放置でさっさと行きましょ?アリスの手を引き、立ち上がらせれば意外なほどに彼女は嬉しそうにそして力強くうなずいて見せた。この子も意外と好奇心旺盛なのよねえ、だからこそウルと一緒にいるんでしょうけど。マルガリータは自分の意見に納得しながら広場のベンチに背を向ける。手をひかれつつ「わたしワイン大好きなんです」という衝撃の告白に笑い声をあげながら彼女は心の洗濯を行うべく宿に向かって歩き出した。









そのとき、「ストレス?なにそれおいしい?」などというくぐもった寝言が耳に届いたような気がしないでもなかったが、二人の女性はどちらも大変寛大な心の持ち主であったためベンチを蹴っ飛ばして寝ている青年を地面に転がすくらいで許してやることにした。












マルガリータとアリス。
シャドハ1はマルガリねえさんとパートタイム仙人がいないと話が1mmも進まなかったに違いない。
女性陣が仲良しだとテンションあがります。かわいいよアリスかわいいよマルガリ。

リクエストありがとうございました!