あるく


新たに扉の開いた探索地域は足元床天井問わずあっちこっち凍りついて歩くのにも苦労するようなところであり、宝探し屋による探索メンバーの人選は「運動神経第一で」「ついでに言えばこけても笑って許してくれるレベルの人材」とのことであった。俺はどっちでもないと主張してもいいか、との某クラスメートの主張は当然のことながら聞きいれられることはなく哀れ氷結した空間に引きずられることになったのは言うまでもないことであった。自称フェミニストである宝探し屋その人は「ちゃんと手元足元首元あったかくしてきてね」と進言することは忘れなかったのもあり、八千穂自体はそこまで辛いということはなかった。寒いには寒いが、これくらいなら冬の朝練のほうがよっぽど寒い。あ、小さい頃スケートに行ったことあるんだけど、そんな感じ。横をおっかなびっくり歩くクラスメートにそのようなことを言えば、彼は心の底から冷え切ったような表情でそれはようございましたねなど返す。つるりと滑りかけて壁についたその手には薄い手袋がはめられてはいたものの随分と湿って黒ずんでいるのが目に入り、あああれは冷たそう。よほど寒いのだろうと八千穂は思った。そうだよね、寒くて疲れてくると人間けっこういろんなことがどうでもよくなっちゃうよね。鞄を漁り先ほど用務員室で貰ってきた軍手を取り出す。これね、手のひら側にゴムついてるから水浸みにくいよ。よければどうぞ、まだあるから遠慮しなくて大丈夫だよ!と差し出してみれば、差し出されたほうは驚いたように鈍い緑の滑り止めがついた軍手を見つめ、そりゃどうも、と口の中で呟きながら受け取った。どう友好的に考えてもこれどっかの部活の備品じゃないのかと言いながらも湿った手袋を外す姿を確認し、九ちゃんも欲しかったらいってねと先頭を歩く宝探し屋のほうへ視線を戻せば、氷上をもろともせず探索の素人である仲間達のためにざくざくと道を切り開いていたはずの青年はいつの間にか立ち止ってこちらを見ていた。その表情は八千穂の横の青年と対照的な、寒さなど完全に粉砕するような笑み。ありがとやっちー。今のところ大丈夫だけど困ったらお願いするね。まあまた皆守くんが駄目にしちゃったとき用にスペアで持っておいてあげてよ。皆守くんはあと2、3回はすっ転ぶと思うし。俺だって好きですっ転んでるわけじゃないってことは主張するからな。あら、意外と似合うじゃない軍手。何を身につけても男前は違うねえ。あからさまに機嫌をとろうとするな。いやあでも似合うよ皆守くん、園芸部入ったらいいよ!それいいね、しょくぶつはひとのこころをゆたかにするんだぞうみなかみくん。そうだよ、みなかみくんにぴったりだよ!…棒読みで言うくらいなら初めから言うな。そんなことないよねえ、九ちゃん。かなりの演技力だよねえやっちー。わあわあと言い合っているうちに少し体が温まったのか、軍手装備の青年は「俺はどれだけ付き合いがいいんだ、馬鹿じゃないのか」と愚痴をこぼしながら歩みを止めていたその足を一歩ずつ踏み出していた。その様子を満足げに眺めた宝探し屋の青年は、八千穂に右手を差し出して言った。「さあやっちー、このまま皆守くんを追い抜かして先行っちゃおうぜ」 あっという間に軽々と担ぎあげられ氷上をすいすいと進むことになり、担ぎあげられた八千穂の足にひっかけられてまたも皆守青年が転ぶことになるのは八千穂が分かった!と元気よく返してその手をとった30秒ほどあとのことである。














高校を卒業して何年になるのか、たまにこちらに帰ってきては連絡をしてくる現役宝探し屋の男の連絡を取る人選は「歩くの嫌いじゃなくて」「ついでに言えばただいまって言えば長いこと連絡してなくても笑って許してくれるレベルの人材」とのことであった。彼の現在の舞台はもっぱら海外であり、日本に帰ってきてすることと言えばなぜか散歩なのであった。どちらにも当てはまらないことを主張した怠惰な若者はここにはいなかったが、二つ返事で参上した八千穂の横で、男は言った。ずーーーーーーーっと暗いところ籠ってると明るいところ歩きたくなるからさ、それにこっちって日差しがちょうどいいから歩くには最高でしょう。晴々とした表情で何の変哲もない自然公園を歩く友人に、八千穂はひなたぼっこは大切だよね、と同意してみせた。太陽浴びないと、体内時計が崩れるってこの間本で読んだよと続ければ、そうなんだよ、だからやっちーには俺の体内時計調節につきあってもらってるんだな、と男は続け大きくのびをしてみせた。そしてこの場にいない皆守青年こそ体内時計調節をすべきだ、と締めた。休みって言ったら一歩も動かないんだろうなって姿が目に浮かぶよ俺は。皆守くんはねえ筋肉痛になるからやなんだって。ほら昔、床がつるつるする場所を探検したでしょ。あのあとしばらく足が痛くって動く気がしなかったんだって。あ、あったあった。あのときの皆守くんはしばらくトトくんの顔見ても筋肉痛になりそうとか言ってたもんな。それでね、今日も誘ってみたんだけどその時のこと思いだして急に足が痛くなって今日は一歩も動く気がしないって。全く、若者がそんなことでいいのか!よくないと思います!ですよね!
なんだろうなあ、面白くっていい人なんだけどなあ、と八千穂が言えば、ああそれは聞いたことがあるぞと男は真面目ぶって肯いた。それって告白しても振られるタイプの男性そのものですよね。あなたはいい人なんだけど…ってやつだね。まあ皆守くんがいい人かどうかは審議が必要だけど、面白いのは確かだね。いい人だとは思うよ。今日もこんな寒い時に外に出るなら持って行けって、これくれたし。大真面目に渡すから何かと思ったら、と取り出して見せたのは真新しい軍手が一対。そういえば九ちゃんにも渡せって言われたんだったと、もう一対の軍手を差し出したところで男は吹きだした。いつまで根に持っているつもりなのだ。受け取った軍手を身につけて、手を開いたり閉じたりして感触を確かめた男はよし、と満足気に肯いた。ようしお前がそういうつもりならこっちは本気出しちゃうぞ。なになに九ちゃん。なにするの?とどこか楽しそうに尋ねた八千穂に、男はゴムの滑りどめがつけられた右手を差し出して言った。「さあやっちー、これから気合入れて探索に行っちゃおうぜ」 あっという間に冬休み中の母校に無断侵入することになり、いつまでたってもさっぱり帰ってこない友人たちに連絡をした皆守青年が彼らの迎えに出動することになるのは八千穂が分かった!と元気よく返してその手をとった4時間ほどあとのことである。












葉佩くんとやっちー。
いつまでもたえることなく友達でいようという心意気を人型に固めたらやっちーになると思います。(意味不明)
しぶしぶ迎えに来たみなかみくんの首根っこひっつかんで「スケートいこうぜ!」って夜のスケートリンクにいったらいいと思います。(妄想)

リクエストありがとうございました!