駅前まで買い物を頼まれて出かけて来たはいいものの、まさかそこで雨に降られるとは。しかも前が見えないくらいの大雨である。今の今まで日が差していたはずの、いつの間にか空を覆っていた分厚い雨雲を憎々しげに見上げ、今日雨降るって言ったかお前は、と千枝は誰にともなく心の中で吐き出した。
小雨くらいなら走って帰っても全く問題ないが(ありがたいことにそれくらいで風邪をひくほどやわに出来ていない。これまでの人生で風邪をひいたのなんて片手の指で足りるくらいしかない。これは自慢である)、このどしゃぶりではどうにもならない。駅前の商店街の看板がぼやけて地面はざらざらと勢いよく水をはじいていた。こりゃしばらく待機だわ、と千枝は駅の中の古ぼけたベンチに腰掛けたところで、電車が来たらしい。一時間に一本、昼間には二時間に一本になるダイヤをきっちり守ってやってきた電車をぼんやり眺めていると、見知った顔が改札を出てくるに至り、なんでこんなに今日イベント盛り沢山なのよと口に出した。
夏休みに実家に帰ってきた友人は到着した途端千枝がベンチで手を振っているのを見つけ、なんだこの展開、と千枝と似たような言葉を口に出して手を振り返してきた。
「おお、なになに？出迎え？やばい、こりゃ雨も降るわけだ」
「それが今日もぐうたら夏休みを満喫しようと思ってたら商店街で買い物頼まれて帰ろうとしたら凄まじい雨だけど傘もなければ携帯もない状態なので駅で絶賛雨宿り中のとこにあんたが帰ってきたって感じ」
「そりゃ随分詰んだ状態だなあ。ご苦労さん」
しかしなんで傘持ってないのよ里中。今日めちゃくちゃ降りますって天気予報言ってたぜ。俺ですら持ってるのに、と背負ったリュックから折りたたみ傘を出す友人を千枝は初めて見るもののように目を丸くして見やった。え、なんで花村傘持ってるの？雨男のあんたが？あんたが出かけるって言うと絶対雨が降る、あんたが傘持ってると確実に雨が降らないでおなじみの花村くんが？傘ですと？千枝の頭に雨の中無理矢理自転車に乗って帰ろうとして大転倒した姿が過った。傘なんて飾りですよなどと言いながらふらふらと横をすり抜けたと思ったらふっと姿が消えて慌てて見に行けば土手に半ば埋まってひっくり返る泥だらけの制服姿の背中、そしてそれを大変面倒くさそうに助けに行く友人たち。そんな花村が、用意周到に傘を！なんだかあまりの成長に泣けてきた、と呟けば友人はその言葉に気分を害した様子もなく、大げさすぎじゃねえ？と歯を見せて笑った。
しばらくそのまま固いベンチに並びああだこうだと思い出話に花を咲かせてはみたものの、雨は一行に止む気配はなかった。このまま帰れないと晩御飯は肉抜き焼きそばになるなあと握りしめた豚肉入りビニール袋を千枝が諦め半分口に出せば、花村はおもむろに立ち上がり、それじゃあ帰ろうぜと促した。
雨は先ほどよりも激しい勢いである。相手の声も聞きとりにくいような状態で、多分聞き違いだろうなと思いつつ千枝がなんだって、と尋ねれば、彼はもう一度繰り返した。
「帰ろうぜ。お前が肉食えないとか生死に関わるからさ」
あんた人をなんだと思ってるんですか、肉食恐竜ですかと噛みつこうとしたところで、傘をさして待っているその姿が目に入りまさか傘に入れてくれようとしてるのこいつと思考が追い付きその言葉は吐き出されることはなかった。てっきり「お前頑丈だし多少雨にやられても大丈夫だろ」「頑張って走って帰れ」の意味かと思いきや、まさかの予想外であった。都会の大学に行って紳士になる魔法でもかけられたのか、あんたは。
自分の言葉に何かしらの文句なりツッコミなりを返してくると思っていたらしい友人は、文句を言うどころか素直に感謝の言葉を述べる千枝に(失礼なことながら)手にした傘を落とすほど驚き、両手で顔を覆った。そしてくぐもった声のまま言った。
「あまりの成長に泣けてきた」
「チエちゃんはいらっしゃい。ヨースケはおかえり。帰ってきて早々相合傘とはオイシイですな」
「あってないようなもんだったよこの雨じゃ。ほら、ほぼ水浸しだよ上着」
「まさかもう一人分のスペース確保する羽目になるとは思わなかったっつうの」
「入れといてもらってなんだけど、やっぱり無理があったね折り畳みに二人は」
「やっぱもう一本買うべきだったって」
「花村の携帯でクマ呼べば良かったんじゃん？」
「俺の携帯電池切れ」
「どうあっても雨の中帰れということか…」
「…君たちロマンがわかってないクマ」
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大学生花村くんと里中さん。
花村くん都会の大学生生活妄想。このふたりはボケとツッコミをどちらもこなせるのが素晴らしいですよね(笑顔)。
このかたがたはちょっと距離があると進展すると見て(勝手に)、がんばってみましたがやっぱりラブは薄かった。
しかし正直相合傘はあんまり役にたたないよね！頭以外はずぶぬれになるから相合傘やるくらいならコンビニで傘買うわ、という思いが根底にあるからか(あるのかよ)。
リクエストありがとうございました！
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