握手する


馬鹿じゃないの、と少女は手にしたグラスを包み込むように持ったまま口を開いた。元々どちらかと言えば頭に血の上りやすい彼女だがその台詞に怒りは含まれておらず、心底不思議で仕方がないという表情を浮かべて首をかしげた。

「前からあんたって本当は馬鹿なんじゃないかとは思ってたけど、やっぱりほんとのほんとに馬鹿だったのね」

そのあまりにもしみじみとした言い方に一瞬場に沈黙が走ったが、そこに集うは酔っ払いども。言うねえアニーちゃん/やーい言われてやんの/言い返しなさいよ色男と口々に囃したてるものだから、普段作りに作っている好青年の仮面をかなぐり捨てたブルーが誰が馬鹿だと低く呟いたことに誰も気が付いていなかった。この仲間達とはもう長いこと旅を続けているので彼の大変ねじくれ曲がった性格は周知の事実ではあるので、聞かれたところで今更なのではあるが。

大体、とブルーは彼自身アルコールが回っている頭で考える。なぜ旅の目的を話したら馬鹿にされなくてはならないのか。旅の第一目的は術の資質を集めることで、最終目的は同じように資質を集めている兄弟を倒すことだ。殺さなくてはならないことは流石に伏せた。この人のどこまでも人のいい奴らの反感を買うことは目に見えている。

だというのにだ。

そういえばなんでお前旅してるんだっけ、と酒の席で今更話を振られ、仲間達に余計な感情を混ぜさせて面倒なことが起こらないようになるべく穏便に説明をした結果心底馬鹿にされるとはどういうことか。
馬鹿にされる覚えはない、と睨んでみればアニーはそういうの聞く時点で馬鹿じゃないと吐き捨てた。


「何が悲しくて自分の弟を退治しなくっちゃいけないのよ。あんたたちどっちも賢いんでしょう?天才術士様なんでしょう。手に職があってしかも才能があっておまけにそれが兄弟どっちもだっていうなら完璧じゃない。協力して働きなさいよ」


そのほうが給料二倍で食うに困ること絶対ないわ。ほんとなんでそんなことも分からないの。
食うためにやっているわけではないだとかキングダムからの使命なのだと双子なのであちらが弟なのかどうかは知らないなどという反論をブルーはアルコールと一緒に無理やり飲み下した。幼い妹と弟を食わすために反政府組織に加わるほど、彼女の中の家族という存在は大変大きいのであろうということを思い出し、反論したら最後夜が明けるまで説教を食らうであろうことが目に見えたからである。
反論しないのを納得したからだと判断したのか、アニーはとろんとした眠たげな目つきで畳みかけるように続けた。
曰く、弟さんは大事にしなさいよ。喧嘩はしてもいいけど最後は笑顔で握手で終わるのよ!
ああ酔っている。完全によっている。誰が飲ませたんだ俺よりお前らのほうが力いっぱい馬鹿だ。こちらの気も知らずわいわいと大変楽しそうに騒ぐ駄目な成人達をブルーが睨みつけていると、突然アニーはそんな彼に向って風をきるような勢いで手を差し出した。殴られるのかと思いきや、彼の眼前でその手はそのまま固定されたように動きを止めた。


「…なんだ、この手は」
「あんた、人と握手もしたことなさそうだから、練習」
「は?」
「あんた他にも色々足りないところありそうよね、ブルー」


ありがとうって言ったことある?人からありがとうって言われたことある?人を殴ったことある?人のために料理したことある?出かけるときは家の鍵閉めてる?燃えるゴミと燃えないゴミは分けてる?歌うようにつらつらと口にしながらアニーは大真面目な顔つきのまま、再度右手を強く差し出した。
このままうやむやにしてしまおうかとも考えたが、これは握り返すまで解放してもらえないことに彼は気が付いてしまっていた。



そしてしばらくの黙考の時を経て、大変渋りながらも、その手を差し出した。













「あんたってさ」
「まだあるのか」
「笑ったことある?」



ないかーないだろうなーあってもやだわーと手を力いっぱい握りしめた上力の限り上下に腕を振りまわしつつ言うアニーを、ブルーは睨むのをやめた。ここまで来ると、彼女とは違う生き物なのであろう。「犬に噛まれたと思って」とはこういう状況なのだろう。実地でないと分からないこともある、勉強になったと大きな溜息を吐いた。















お説教タイム実行中のアニーとお説教タイム受講中のブルー。
アニーは本当に頑張ってますよ!サガフロ1の努力家ですよ!!グラディウスで可愛がられているといいですよ!!!(大変熱く)
これくらい頑張っている人の説得工作ならさしものブルーさんでも落とせるのではないかと思います。

リクエストありがとうございました!