もらう

先ほどまで屋上のはしの置かれた固いベンチにアイギスとその膝を枕にして眠りこける特別課外活動部リーダーがいたものの、突然「役目を思い出しました!」とアイギスはどこかに走り去り、今はリーダーが一人力の限り睡眠を貪るばかりであった。しばらくそれを眺めつつ思い出話に花を咲かせていた下級生たちは先生になんて言い訳しようかと口々に言いながら屋上を去った。恐らく教室に戻ったのだろう。彼らはまたすぐにこの場所での生活が始まるのであるから、流石に気を使うのであろう。睡眠状態の若干一名は別として。
私も少ししたら戻るよ、などと後輩たちには言ったもののすぐに戻る気は美鶴には全くなかった。答辞をすっ飛ばして走ってきてしまったがそれくらい許される範囲だろうと彼女は思った。これまできちんとこなしてきたのだ、最後くらいいいじゃないか。

春とはいえまだ少し肌寒い空気を浴びながらぼんやりとリーダーの顔を眺めていれば、よく見知った顔が屋上の扉を開けた。
相手は驚きもせずこんなところにいたのかと静かに扉を閉め、お前と話すのもなんだか変な感じだな、と美鶴は返事にならない返事を返した。つい30分ほど前まで同じ寮に住む顔見知りの同級生程度であった彼は、記憶が戻ってきた今となって長いこと肩を並べて戦ってきた戦友である。なんだかまともに話すのは久しぶりだな、となぜか新鮮な気持ちになって美鶴が明彦に眼をやれば、いつもは肩にかけるばかりで腕を通すことのない上着も今日ばかりはその役目をきちんとはたしており、美鶴はそんな姿に思わず笑いそうになった。きちんと制服を着る明彦を見るのなんていつぶりだろう。思わずまじまじと見つめれば、その胸元に明らかな違和感が存在した。上から二番目、上着の綻び。
どうしたんだそれは、と尋ねてみれば彼はなんだか困り果てたようにそれがさっぱりわからんと答えた。


「さっきいきなりアイギスが走ってきて引きちぎっていったんだ。一体なんだったんだろうなあれは」
「アイギスはなんて?」
「"卒業式に真田さんの第2ボタンを死守せよとのリーダー命令であります"だ、そうだ」


何に使うんだ?と大変不思議そうに口にする明彦に、美鶴も首をかしげかけたがふと前に(考えればもう3カ月以上前のことだ)後輩たちが話していたことを思い出す。卒業式、ボタン、卒業生。


「そういえば卒業生の第2ボタンを在校生が貰うという慣習があるらしいな」
「…なんのために?」
「そこまでは聞いてなかったな。なんだろう。その人の成長を願って屋根に投げたりするんじゃないか」
「俺のボタンは乳歯か。ならなんでこのボタンじゃないといけないんだ。どこでもいいじゃないか」


大体、この制服は順平にやるんだからボタンがないと困るだろう。いくらお下がりだとはいえぼろぼろなものをやるのも悪いななどと言いながら明彦は美鶴の近くの空の花壇に腰かける。その横顔は本当によく見知ったもので、美鶴はなぜか不思議と安心した。ああやっぱり何か変わったわけではなかった。3か月程度のブランクで何年分ものの信頼が薄れるわけではない。


「心臓に近いからじゃないか」
「なんだって?」
「心臓に一番近いだろう、その部分が」
「…弱みを握られているみたいでなんだか怖いんだが、どうすればいいんだ俺は」


全く、リーダーの考えることはさっぱりわからんとここにきてはじめて笑った明彦に、美鶴もつられて微笑んだ。すぐ横ではまだまだ眠りから覚めそうもない張本人が静かに寝息を立てている。リーダーが天上天下唯我独尊なのはいつものこと、私たちがそれに翻弄されるのもいつものことだったよ。そしてこれからも続くといいなとひっそりと思いながら、しばらく意識しないうちに心なしか背の伸びたような戦友に、お前の弱みなんていくらでもあるじゃないか、何回処刑執行したと思っているんだと言おうか言うまいか、最後の良心で考えた。



















「あ、美鶴さん発見しました!これをどうぞ」
「…これは?」
「"真田さんの第2ボタンを死守して美鶴さんに渡すように"とのリーダー命令であります。どうぞ」
「…」
「…」
「…いるか、明彦?」
「…とりあえずお前が持っててくれ。ここで返されたらそこのやつになにされるかわかったもんじゃない」












卒業式をさぼる真田くんと桐条さん。後ろで女の子リーダーが爆睡中。
このかたがたは卒業してからがスタートだと思っております。むしろ卒業してもまだスタートラインじゃなさそうですな(でもスタートしたら即ゴール)
リクエストありがとうございました!