飛ぶ

テスト前であるため部活動もなく、さて弁当屋あたりで夕飯の確保をしながら寮に帰るかと教室を出た青年は、その立てつけの悪い木の引き戸がきりきりと軋む音を立てて開き切ったところで目の前に戦友が待ち構えていたことを知った。その腕は力強く組まれ眉間は険しくしわを刻んでいる。完全なる仁王立ちで青年を迎えた彼女は「話がある」と挨拶もなしに言い放った。
青年に声をかけようとしていた何か用があったらしいクラスメートたちは学校を統べる女帝の鬼気迫る空気を教室の中から読み取ったらしく口に出しかけた名前を飲み込んで、いやなんでもない、急ぎじゃないから明日言うわ。それじゃお疲れ真田、また明日と錆ついたような笑顔で青年に声をかけぴしゃりとその戸を閉めた。一瞬の静寂。
そんなクラスメートからの仕打ちもどこ吹く風、青年は目の前の戦友を眺め、よほど急ぎの用事なのだろうと結論を出した。今のところ処刑が遂行されるようなことに身に覚えはないし、彼女がこのような顔をするときはよほど急いでいるか何か言いにくいことを口に出すときか怒りに怒っているときだということが分かるくらいは長い付き合いなのである。言いにくいことなのであれば寮に帰ってから言えばいい。ということは急いでいるのだろう。
しかしそれにしては最初の一言を発した後、何も口にすることはなくしきりに周囲を見回しているというのはどういうことだろうか。しかし急ぎであるなら教室に顔を出せばいい話でもある。
彼自身多少結論を急ぐところがある青年は考えても仕方がないと、何か急ぎの話なら結論だけ先に聞くぞと言った。
説明はあとで構わない、どうすればいいんだ?と絶対の信頼を置いて声にのせれば、戦友は今までの表情を一変させ突然吹きだした。そして私に問題があるのかお前に問題があるのかわからないじゃないかと呟いた後、では結論から言おうと組んでいた腕をおろし青年の肩を叩いて「ちょっと食事に付き合ってくれ」とのたまった。
青年は迷わず答えた。

「それなら丁度よかった。夕飯を買って帰るところだったから」













なぜだ、と美鶴は尋ねた。明日一緒に晩御飯食べて帰りませんかと誘われ、たまにはそういうのも悪くないなと快諾したのまではよかった。可愛い後輩たちがせっかく誘ってくれたのだ。それに自分一人では食べられないようなものが食べられるに違いない。肯いて見せれば後輩たちは顔を見せあいやったね、と喜んだ。そんなに喜んでくれるのなら嬉しい限りだと1人密かに微笑み、どうせなら皆で行くかとここにいない面子を思い浮かべて発言すれば後輩らは途端に困ったように顔を見合わせた。なんだ、何があるというんだ。お前たちは皆で連れだってラーメンとやらを食べにいく仲ではないのか。


「あ、いやみんなで行くのが駄目な訳じゃなくってですね」
「真田先輩誘うのがちょっと大変というか…ハードル高いんですよね」
「あの明彦のどこのハードルが高いというんだ。肉類さえ食べられれば文句なんて言うような奴じゃないだろう」
「え、いや、真田先輩に話しかけようとするととんでもない視線を感じるというか、なんかもうこれ以上近づいたら刺す!みたいなオーラになるっていうか…ねえリーダー。」
「ゆかりんの言うとおりです。私もこの間野暮用があって話しかけたら最後裏庭に呼び出されて「あんた真田先輩のなんなのよ!」「1人で話しかけるなんて抜け駆けもいいところだわ!」「きぃい悔しい!この泥棒猫!」といった塩梅で」
「どろぼうねこ?」
「美鶴先輩!嘘!嘘ですから!こいつ今真顔で思いっきり嘘ついてますから!」
「まあ人の嫉妬力は恐ろしいということですね」
「でもリーダーの言うこともそんなに間違ってないと思うよゆかりちゃん」
「ややこしくなるからちょっと発言ストップして風花!」


女って怖いわあと棒読みで言い放つリーダーにひっぱたいてやろうかこいつとゆかりが手にしていたプリントを振りかざしたところで、美鶴はぽかんとした顔で私は言われた覚えがないぞ、と首をかしげた。

「明彦と学校でそこまで話すわけではないが、それでも話をしないというわけではないぞ。だが、そんな連中を見かけた記憶はないな」

その言葉に三人娘はそれはまあ、ねえと妙に悟ったような顔で三者三様に肯き、三者三様に口を開いた。

「それは先輩が特別だから」
「先輩に問題があるんです」
「桐条さんには誰も文句言えないでしょう」

まったくもって、心の底から納得がいかなかった。














「…それで?」
「桐条さんは私だけ特別扱いなのは納得がいかない、という結論で締めてた」
「最終的に凄いとこに着地しましたな!」
「というわけで、真田先輩親衛隊に目をつけられるためにあのような行動を」

階段の影に隠れたゆかりが同じく隠れる順平に手で指し示せば、その先にはこの学園の有名人が二人。どこかに親衛隊は潜んでいるかもしれないが、その姿は今のところ影も形もなかった。当たり前だとゆかりは思う。あんなに完全に完結してしまっている二人の邪魔など自分たちでもできようか、いわんやミーハーな女子たちをや。
ボケを煮しめて人型にしたような2人のどこを特別視すればいいのかと後輩たちが頭を抱える中、美目だけは大変麗しい二人の敬愛すべき先輩たちはなぜだかどこまでも楽しそうな笑みを浮かべいずこかへ去っていったのであった。結局のところあれは成功したの?桐条先輩的に?と問う順平に、ゆかりは存じ上げません、とため息をついた。
美鶴が目的を達せたのかどうかについては明らかに大失敗であろう。でもまあいいんじゃないの、本人が満足してるならそれで。






特別扱いされることに納得いかない桐条さんと特別扱いされていることに全く無自覚な真田くん。
ついでに思考回路がどこかぶっ飛んでいる二人。
このままエスカレートして人前で手をつなぐ、人前で腕を組むなどハードルを上げていって、それでも親衛隊に絡まれないことに怒ったりすればいいと思います。(無自覚でいちゃつきタイム)。
リクエストありがとうございました!