ここちよいはりのしげき


春ももう中頃のある朝、日曜日だというのに朝も早くから起き出し父親を叩き起こした娘は、朝食を食べながら、あのね、と話を切りだした。口の中にもの入れたまま喋るなよと適当な答えを返したが娘はそれに全くへこたれることなく(このあたり母親に似すぎていると父は思うのだが)口の中の食パンを飲み込んで言った。



「おかーさんのおたんじょうびプレゼント、なにあげる?」












忘却の彼方だったとは、父は言えなかった。



いつもならあれが欲しいなあこれが欲しいなあと自ら発言する(またはあからさまに欲しいものを凝視する)大変分かりやすい彼女が今年に限って何も行動を起こさないために夫は頭を抱えた。
しかし直接聞けるほど、彼は真っ直ぐな性格ではなかった。
どこでひねくれてしまったものか、今も昔も素直ではないのだ。

昨年は彼女が酔った勢い余って壊した腕時計の代わりに友人に頼んで送ってもらったレトロな時計を、その前はマフラーが欲しいなあおとーさんの手編みで、というリクエストに悪態をつきながら応え、その前はなんだったか。ああ、彼女の愛車のカバーを縫った。そしてその前は目の前で食パンにかじり付く少女のおかげでばたばたしていて家でケーキを焼くぐらいしかできなかった。考えてみればどれもこれも代わり映えしないような気がするが、彼女はそれが逆に嬉しいのだという。酔っぱらった拍子にこう漏らしていた。


このものが溢れかえっている時代にそういう気持ちのこもったプレゼントっていうのは高ポイントなんだよ、甲太郎くん。


しかしそれはある意味とても難しい。
しばし彼は彼女への贈り物を考えたが、答えは出なかったためにあっさりと最終手段に出ることにした。


立ってるものは子でも使え。


母に似たのか幼いこどもらしいそれなのか単純明快な娘は父の頼み事を焼きプリン一つで快諾し、そして任務を立派に果たしてきた。




娘は言った。





「おかーさんはねえ、”もうひとり”がほしいんだって」







………………
ねえねえおとーさん、なんのこと?
…よくやった。お駄賃をやろうな
わーいプリンだー!




















その夜、テレビを見ながら寝てしまった娘を部屋に連れ帰ったその後に。
テレビの続きを見る妻に、洗い物をしながら夫は言った。


「おいおかーさん」

「なにかなおとーさん」

「こどもに変なことを教えるな」

「えっなんのこと?おとーさんの学生時代の恥ずかしい思い出とか?」

「言ったのか!?言ったのかそれを!?っていうかどの思い出だ!どの!」

「身に覚えがありすぎる人は大変だよねえ…」

「しみじみ言うな!それじゃない!お前の誕生日の話だ!!」

「あー!あれかあ!いや欲しいものっていうから正直に」

「もう一度言う。こどもに変なこと教えるな」


変な事じゃないよー!という妻の訴えに耳を貸すことなく、夫は黙々と食器を洗い、拭き続けていたがふと、顔を上げればいつの間に目の前に来ていたのか妻の顔。
彼女は片付けでも手伝おうとでも言うのか彼が吹き終えた鍋を受け取り、にこにこと笑いながらその目の前で口を開いた。



「ねえおとーさん」

「なんだよおかーさん」

「というわけで、今晩どうで」




何か金属のものが金属のものに勢いよくぶつかる大きな音がして、会話が止んだ。
床には水を拭う間もなく投げつけられた銀のおたまとそれを弾いた大鍋が一つ。

大鍋をラケットのように使いこなした嫁は言った。
シャイだよね、甲太郎くん
おたまを渾身の力で投げつけた夫は言った。
お前が大雑把すぎるんだ







だいたいお前の誕生日に間に合うわけないだろうが!とがなる夫に妻はああそうかと肯いたとか、肯かなかったとか。
そういう問題じゃないだろうとコメントできる人間が、そこにいなかったのは幸いであったのか。

















次の日起きたら娘と妻から”もう一人”コールを浴びせさせられるとは、彼は思ってもみなかった。
そんな二人に夫はプリンを一つづつ与え、しばしの沈黙と安息を得るのであった。











=
ラブねえ!(一言目)
やっちーはものっそいいきおいで誘えばいいですよ、もう!
というか長女と母が同じ性格になってしまいました…!(今気がついた)
それにしてもやっぱり、ラブねえな!(二回目)