王の奇譚


毎度毎度休みのたびに自分を連れ回していた彼女はいつの間にか一緒にいる時間が増えていて、
気がつけば自分の家に居座っていることが多くなった。
半分騙されるようにして渡した合い鍵で進入し、この家の住人より住人らしい顔をしていることが多くなった。
彼女は勝手に部屋を掃除し、勝手に冷凍庫に自分用のアイスを冷やし、勝手に居間で昼寝などしていた。
なすがままその状況に陥ってはいたもののそれ打破しようなどという思いはこれっぽっちもなく、むしろこのままずっと続けばいいとかなんとなくでも思ってしまい壁に頭をぶつけたくなったりしていた彼だった。
が、それが3年続き、4年続き、5年続いたところで、その思いを認めざるをえなかった。
彼にとっては大変忌々しいことに。






いいかげんなにか行動を起こしてくれよー俺は心配で心配で今にもハゲそうだよ

うるせえよ。ハゲればいいじゃねえか。似合うぞきっと

まあ俺はどんな格好してても格好良いけどね。なにせ中身がいいですから

ありえねえ!

いい年した男女がほぼ同棲状態で何事もないという事態の方がありえませんけどなにか

余計なお世話だ






遠くにいる(一応)友人とそんな会話を交わしたのがきっかけとなったのか、ふと彼の頭に過ぎったのはいつぞやの、買い物につき合ったときの指輪を見る彼女の目、そしてそれについて熱く語られた(女の子って言うのはやっぱりこういうのに憧れるもんだよねえー!え?やっぱりあたしもいつかはつけたいけど、まあ、こういうのはタイミングだし)記憶なのであった。



















何一つ変わった様子はなかったのだ。
だらだらとテレビを見ていただけだったのだ。
あっ皆守くんこのラーメン屋今度行ってみようよ近くだよ!と隣へ視線を向けた彼女が見たのは何やら奇妙な表情をした男が一人。
えっなになに。ラーメンそんなにいや?やっぱりカレーじゃなきゃ駄目?と首をかしげた彼女の目の前に、す、と差し出されたのは男の手。
おこづかいくれるの?皆守くん。





「ほら」

「なになに?プレゼント?なんてねーまさかねー」

「まさかだ」

「は」

「何でも良いから受け取りやがれ」



誕生日でもなければクリスマスでもないのにプレゼント?
ど、どうした皆守甲太郎!熱でもあるの!?
騙された!と思ってその小さな箱を開けてみれば、シンプルで華奢な小さな指輪が一つ。
曇りなく光を弾いているそれに、彼女は思わず目を見開く。







こ、これは、俗に言う指輪というものではないでしょうか。
なんといいますか今は真夏でしかも真っ昼間のいつもと変わらぬ皆守邸で何の前触れもなくなんのムード作りもなくゆ、指輪だなんて!



決して高価なものではないであろうが(だってくれたの皆守くんだし)、しかしまともにプレゼントをくれたことなどほとんどないこのひとが!?とがばりと顔を上げれば目の前の彼は心なしか、心なしかうつむいちゃったりなんかしてませんか?で、でもって心なしか、心なしか顔なんか少し赤かったりしませんか!?え、う、うそっ!ほんとに!?ほんとのほんとに!?マジですか!?





「要するに、それってけっこ」

「言うな。分かれ」

「…んを申し込もうという…?」

「言うなって言ってるだろ!」





彼女は無茶な要求をされて言葉を慌てて飲み込んだが、その表情は笑顔になる。
彼は自分がやってしまった行動を現在進行形で後悔しつつ、同時にどんな返答が帰ってくるのかに怯えつつ、口をつぐんだ。
訪れる静寂。

しばしの沈黙に耐えきれず、彼が目線をやれば彼女も真っ直ぐ見返していた。
その目は期待。
なにを期待されているのかには気がついてしまっていた。伊達に洞察力が高いと評価されていない。





さあ、言うの?言うの?

誰が言うか。

言おうよー

それやったからいいだろ、もう

ものより思い出!プライスレス!




無言のままの応酬が続き、普段ならばそんな彼女の視線など簡単に(とは言い切れないのが悔しいが)無視するところの彼が折れた。もう腹をくくるしかないのか。渋々、本当に渋々といった様子で、彼はぼそぼそと口の中で呟いた。


「結婚してくれ」












……
………






いいよ!











「………あ?!」

「結婚式は今年一年資金を溜めてから来年あたりに計画を立てようね。あたしは子供欲しいけど、皆守くんってあんまりそういうの興味なさそうだからその辺も追々話して行かなくちゃね!あ、あと皆守姓に合わせるので良い?だって皆守くんまでやっちーになったら訳わかんなくなるよやっぱり!えへへーあたし皆守明日香だねえー!あっそっかじゃ皆守くんのことは皆守くんて呼べないね!ええと、うーんと、なんて呼んで貰いたい?甲ちゃん、って感じじゃないしねえ…、じゃ、無難に甲太郎くんと呼んでおこう。皆守くん、じゃなかった甲太郎くんはあたしのこと明日香って呼ばなくちゃ駄目だよ。いや別に明日香ちゃんでもいいけどね!そうそう、家事は出来る方が基本的に担当で、あたしの方が帰るの遅いから晩ご飯だけは皆守くん担当でよろしく!カレーは一週間に1回まで!





あっさりと、大変あっさりと彼にとどめを刺した彼女はもうすでに計画済みであったかのようにこれからの予定をのたまった。ご丁寧に紙に書いてまで説明され、彼はもうどうして良いのか分からなくなる。何を答えて良いのかはもうすでに分からない。自分がやってしまったことに対しての後悔は…少なくとも今はなかった。
むしろ安堵と幸福を覚えている自分がいたりした。
彼にとっては大変忌々しいことに。





忌々しいと言い聞かせているだけだとは気がついているのだ、自分でも。





何か質問は?と尋ねる彼女に、彼は笑いを堪えるような、困り切ったというような、またも複雑な表情でこれだけは言わせて貰うが、と口を開いた。









「…二回までにしてくれ。あとお前は飯を作るな」

「えっどうして?」

「いいから」

「りょうかーい」











かの遠き地にいる共通の友人から、祝電がかかってくるまで、あと少し。





















「で、新婚旅行どこ行こうか!?」






彼が持ち前のパッシブスキルを発動させる、それもあと少し。




















=
えーと、このあと入エジプト記に繋がるという…(ごにょごにょと)
YOR(Yachiho Of the Ring)最終話ですが、ええと、その
カレーが意外と幸せにな っ ち ゃ っ た !(ウワア!)
さかなぎせんせいごめんなさい!(笑)

この小話はネタ提供黒薔薇の貴婦人さん(笑)でお送りしました!ありがとうございましたー!