出エジプト記



お前は全く世話が焼けるなあ…ま、とにかくエジプトにいらっしゃいよそこからだよ話は。スフィンクス前のケンタで待ち合わせね!ついたら適当に連絡しろ!適当に迎えに行ってさしあげよう!










ふざけたメールに辟易しながらもカイロ空港に到着したらすでにその男は迎えに来ていて、アッサラームだのニイハオだのグッダーグだのと言いながら手を振っていた。
あの時と比べて恐ろしく変わっていない男はこれだけのために作ったのかなにかがのたくったようなアラビア文字が書かれた小さな旗を振りながら笑顔で彼の背中を叩く。





「俺はねえお前と可愛い彼女のことが心配で心配で一睡も出来なくて思わずお迎えに来ちゃったよ。旗まで作っちゃったよ。これねえ力作、アラビア語で「ようこそエジプトへ!傷心旅行の日本青年よ」って書いてあるんだな」

「道理で周囲の奴らの俺を見る目がなま暖かいと思ったぜ…」

「エジプトの人は優しいね」

「お前は激しくむかつくがな」

「俺は性格の悪い日本人ですものー。あっそうそうちゃんと奥さんに謝らないと、奥さん本気で浮気しちゃうよ?」

「はぁ?」

「奥さん今ジェフティメス氏に夢中だよ!?トトクンの二番目の奥さんにして貰いたいなあって言ってた。遠い目で」

「…お前じゃなかったのかよ、浮気相手」

「俺はほら、永遠の独身貴族だからさ」

「フラれたのか」

「お前に言われたら俺の人生はお終いですよ!?」







あの時の延長線上にあるような会話は彼に懐かしさを腹立たしさを脳に叩き込む。
あの忌々しくも懐かしい高校時代に還ったような、全く現実感のないその状況に、彼はやれやれ、と肩を落とした。












そしてどうにかこうにか捕まえて。

(出会い頭にぶん殴られる、または泣き出される、又は逃げられる等を前もって予想して心の準備としていたが、まさか笑顔で『遅かったねっ!』と言われるとは夢にも思わなかった。しかも右手にナイフ左手にフォーク、口いっぱいに何かを頬張って幸せそうに『これ美味しいよ一口あげるね!鳩のお肉だってびっくりだよねー』などとのたまう。…やはりこいつ人とは違う神経の持ち主に違いない。絶対にそうだ。俺が普通だ、そうだろう?)

(そのおかげでお前は結婚出来たんだよ、感謝するべきだよ。毎日土下座して感謝の意を示した方が良いよ、とは葉佩の言葉。オオ、素晴ラシイ夫婦愛デスネ!とはトトの言葉)












ビスグラーショ!クワヘリー!またもやどこのものともしれない挨拶で見送られ、自分たちを乗せた飛行機は飛び立った。もう地上など雲に隠れて全く見えないと言うのに手を振り続ける彼女を横目に、やれやれと足を投げ出してイスに深く座り込む。ファーストシートなんて初めて乗った。これから先、乗ることもないだろう。僕とトトくんからの親友達へのプレゼントだよ。エンリョセズドーントフンゾリカエッテ帰ルトイイデス!ほんとはお前だけ特別シート・貨物置き場にご案内しようかと思ったなんて秘密だよ。ダイジョブダイジョブ、丸一日クライナラ死ニャシナイ!あとで聞いた話だがあの宝探し屋と道しるべ役のコンビはトレジャーハンター業界の中でもかなり評判らしい。儲かっているのだろう。ああそうかい。

楽しかったねえと隣の彼女に微笑まれ、これ以上ヘソを曲げられたら今度はどこに高飛びするか分かったものじゃないのでとりあえずそうだな、と肯定しておく。

もう二度と、ごめんだけどな、とひとこと余計なことも呟いて。
















最後の言葉は、本心からではないと言うことを彼女は知っているというのに。





妄想炸裂中。