合い言葉はザキ
王はぶどう酒を飲みながらエステルに言った。
何か望みがあるならかなえてあげる。願いとあれば国の半分なりとも与えよう。
エステル記 5章6節
「皆守くん」
「…」
「皆守くーん?」
「…」
「おーいみなかみー」
「…」
「みなかみおうじ〜」
「お前はいつ時代の人間なんだよ!」
「おっ生きてた生きてたー」
暢気に手を叩いて笑う彼女の横で、彼は叫んでしまった反動からか激しく咳き込み、ベッドに深く沈み込む。
何をしに来たのだ、と言いたい。ああ、言いたいとも。
病人に向かってその仕打ちは何なんだ、とも。
しかもやってきてひとこと目は「なんだ皆守くん病人なの!?じゃあ刺激物はダメだね。せっかくラムネ買ってきたのに」であった。
風邪をひいたのは仕方ない。
だが誰にも言わないで黙って静かに療養しようと思っていたのに。
しかし日取りが悪かった。自分の誕生日。
よって彼女はなんの疑問も持たず、何の連絡もよこさず、いつものようにやってきてしまったのだ。
しかし悔しいことに、まことに悔しいことに、人間弱っているときは人恋しくなるもので彼女が何の前置きもなく買い出しらしきスーパーのビニール袋を片手に家にやってきたときには嬉しいと思ってしまったのだ。
お誕生日おめでとうと笑顔でやってきた彼女を追い返すわけにもいかず、彼の現在に至る。
(ただ、ビニール袋から飛び出すネギが気になって仕方はないのだが。頼むから料理を作ろうなどと言う愚行には及ばないでいただきたい)
「でも残念だね。せっかくのおめでたい日なのにねー」
「一つ年食うだけだろ、めでたくもなんともねえよ」
「そんなこと言っちゃってー!あ、そうそうあたしいろいろプレゼント用意してきたんだよ」
「…」
「じゃーん!まずはレトルトカレー!」
「それならお前でも作れるもんな」
「その通りっ!」
「否定してくれ」
「でもって、じゃーん!補給物資!」
「…野菜?」
「だって皆守くんちの冷蔵庫ってタマネギとニンジンとお肉しか入ってないんだもん」
「いくらなんでもそんなに偏ってない」
「いや結構偏ってると思いますよ!カレーレンジャーだもん皆守くん!主食がカレーだもん!」
カレーを連呼する彼女に適当に相づちを返しつつ、とりあえず先ほどのネギがプレゼントという名であったことを知って彼はとりあえず安堵した。
これでおわりか、八千穂にしてはまともな方だったなとずれた感想を抱いていると、彼女はそれがまだあるんだな、とひらりと一枚の紙を取り出した。ほらほら読んで読んでとせがむのでてっきりバースデーカードあたりかと思って、かすむ視界を集中させて彼女の掲げる紙を見る。そこには大きく、力強く、そして自信満々にこうあった。
肩たたき券
…
…………
「母の日かよ!!」
「コミュニケーション不足の家族にはもってこいの素敵プレゼントだよ!」
「意味がわからねえよ!」
「しょうがないなあ。じゃあ皆守くん風邪っぴきだし、特別に」
彼女は季節外れのラムネを飲みながら彼に言った。
「何かして欲しいことがあったらなんでもしてあげるよ」
首を傾げて。
ふわふわとした髪を揺らして。
薄いカーディガンから肩をちらりと覗かせて。
ラムネのせいかぞくりとするような冷たさの手を彼の額にあてて。
彼女は笑った。
なんでもしてあげるよ、と。
完敗した。
「わ、わー!どうしたの皆守くん!?顔色がヤバイよ真っ白だよ!?と、とりあえず息しよう息!はいヒッヒッフー!!」
俺は何を出産せねばならないのかというツッコミも言葉にならず、彼の意識は急激に遠のいていく。
これだから
これだから
一人にしておいて欲しかったのに。
彼女に手を握られてなにごとかを叫ばれながら彼の意識はぷつんととぎれた。
「も、もしもし!?九ちゃん!?あ、あのね、あのね!」
『どうしたのやっちー!?落ち着いて状況を説明してくれる!?』
「皆守くんが!皆守くんがー!」
「死んじゃったーーー!」
「まだ生きてるわアホ!!」
=
あんまりにさかなぎさんのやっちーが可愛くて参加したいあまりにこんなことに…!きえー!
はにまるネタなんて、最近の若者に通じないに違いないです