お茶する


下町の孤児たちと共同生活をしている自分のところに一通の封筒が届いた。手紙など久しぶりであったので大変喜んで受け取ったはいいものの、送り主の名前はなかった。ただし、宛名は確かに自分の名が入っていたので自分宛であることには間違いない。他の奴のじゃないんだったら開けていいんじゃないか?と幼馴染が言い、それもそうかと開けようとしたところで封蝋が目に入ったので思わず悲鳴をあげたのは仕方のないことであろう。国民であれば誰でも分かる王家の紋が印璽にはっきりと入っていれば悲鳴をあげないでいられるものか。一介の、全く目立たない国民に当てて王家から手紙が届くなどよっぽどの非常事態であるとしか思えない。どどどどうしようヴァンこれアーシェ様からだよ!へー珍しいこともあるもんだなー。どうしよう私なにかした?何か悪いことした?もしそうならアーシェは先に俺を逮捕するって。俺なんかめっちゃ怒られてたじゃんあんとき。…おまえって呼んだりね。そうそうおまえって呼んだり。
動揺という言葉を知らない昔よりも輪をかけて肝が据わった幼馴染は、まあ俺たち義賊とは言え空賊やってるしなあなどと軽口を叩いたので、パンネロはその封印を破るのにたっぷり半日はかかったのだ。
震える手で開けてみれば、中には招待状の3文字と、日付指定を示ず数字の羅列。最後に書かれたアーシェ・バナルガン・ダルマスカというサインのほうが長いような内容であるのも恐怖を誘う。
大丈夫よ、もしなにかあってもとにか誠心誠意謝ろうと心を決めて出来るかぎりきちんとした服装で城に向かえば大変丁寧な態度で出迎えられ、あれよあれよという間に奥まった部屋に通され、刺繍の入った背もたれのふかふかとした椅子に座らされ(しかも席は広いとはいえない円卓の真正面に女王がいるという特別席である)、今にいたる。




ごきげんようアーシェ様。お久しぶりですと大変緊張しながら恐る恐る顔を上げれば、あのときよりも大変やわらかい顔つきのアーシェその人がいて久しぶりね、と微笑んでいた。思えば、アーシェの微笑みなど何回見たことがあっただろうか。
その穏やかな表情に思わず目を丸くしてしまい、ああこれはいくらなんでも失礼だと頭を振り、しかしなんといっていいかわからないし、とあわてるパンネロに女王は元気そうで何よりだわと愉快そうに口にした。


「相変わらずねパンネロ。その調子ではヴァンも相変わらずなんでしょうね」
「相変わらず、ですね。ヴァンは一度決めたら絶対曲げないので大変ですよ」
「でしょうね」


アーシェは懐かしそうに目を細め、ポットから自らカップに茶を注ぎパンネロに差し出した。そんな恐れ多い、とあわてて立ち上がろうとするパンネロを押しとどめて、アーシェは言った。
いいのよ。今日は突然呼び立てしてしまったのだから、これくらい気にしないで。

受け取ればふんわりとただよう花の香り。そのカップひとつにも花のような模様の繊細な装飾が施されており、これってやっぱり高いんだろうなあ、などとパンネロが思わず考え始めてしまったところでアーシェは言った。


「あなたもなぜここに呼ばれたのか分からないと困るだろうから、単刀直入にいいます。あなたにお願いしたいことがあるの」
「わ、わたしですか?ええと、はい、わたしでできることならなんでもやりますアーシェ様」


少し口ごもりながらもすぐに返答を返せば、アーシェはその前に言うべきことを忘れていました、と自らのカップにも茶を注ぎ、それを手に取り掲げてみせた。その仕草は上級貴族たちがやるそれではなく酒場で人々が酒を飲むときのそれそのもので、パンネロは戦友であり空賊の先輩でもある2人の姿を思い出す。いつの間にアーシェにもうつってしまったのだろうか。まじまじと眺めていればあなたはあなたはやらないの?と目の前の口ほどにものをいう鋭い視線が言うものだからあわててカップを掲げる。


「今から言う言葉は私個人からのお願いです。だから」


真直ぐにその目線をくれて、女王陛下は自らの民に命じた。




「アーシェ様はやめて」







はい乾杯、という軽やかな声とカップ同士のぶつかる澄んだ音にパンネロは我に返る。この瞬間、目の前にいたはずのダルマスカ女王陛下はどこかに消え去り現れたのは真面目で少し気難しい、どこかで聞いたような台詞を涼しげな顔で言い切って優雅にカップに口をつける戦友の姿。ああわたしはなにに怯えていたのだろう!
徐々に込み上げる笑いとどうにか折り合いをつけながらパンネロはわかりましたアーシェ、とどうにか答えてみせた。










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国賓(ラーサー)の話し相手としてパンネロちゃんを雇いたいアーシェと一般人パンネロ。
リクエストありがとうございました!!