運ぶ


愛竜の装備を整備してやろうと背負った鞍をはずし金具を外して磨いていたところに、やあミネルヴァ相変わらず美人だねといつもの調子の幼馴染の一人、アズールが現れたのでジェロームは仮面の奥で顔をしかめた。この男が調子よく自分のところにやってくるというえば目的はひとつしかない。丁寧な物言いで言えば「女性と交流を深めに行きましょう」という意味合いの言葉を笑顔で吐き出しに来るのである。
愛竜の尻尾を踏み付けて頭を丸齧りにされそうになった記憶はすでに忘却の彼方であるのか、それともミネルヴァも彼の中では女性のカテゴリーに含まれるのか。声をかけられた彼女としてはどうやら女好きはお気に召さないらしく存在しないかのようにそっぽを向いているのだが。しかしそんなことは全く気にした様子もない、もしかしたら気がついてもいない幼馴染は今度は座り込んで作業をするジェロームの前にしゃがみ、やあ調子どう?と首を傾げて見せた。


「いまいちだ」
「お、今日は返事が返ってきたぞ!ちゃんと聞こえてるようでうれしい限りだよ」
「何しに来たんだ。女に声をかけに行くなら一人で行け」
「おっと残念!今日はナンパの誘いじゃないよ」


珍しいこともあるものだ、とあわせようともしなかった視線を目の前の幼馴染に向ければ、彼は今日はねえ、と何が楽しいのやら浮かれた笑顔でのたまった。


「今日は飛竜の乗り方教えてもらおうと思って来たんだ」
「諦めろ」
「まさかの全否定…!?君ねえちょっとは「なんで?」とか「どうして?」とかそういうところツッコミいれてよ!」
「知りたくない」
「もう君ってば相変わらず協調性ないよね!」


言いたい放題ぬかす幼馴染にジェロームは溜息を零した。息を吐いた後、どうせ"女性受けがいいから"乗りたいとか言うんだろうと尋ねればよく分かったねとの返事が返される。予想通りであった。
いやね、僕の言い分としてはこの間声をかけたおねーさま方がさ、空を飛べるって素敵ねえとか言うからね、僕としては叶えてあげたいじゃないほら全世界の女性の味方だからさ僕。僕男だからペガサスは無理でしょ?だから飛竜だなって思って。
よくもまあ勝手なことを笑顔で喋れるものだ、とジェロームがあきれ果てているのもなんのそのアズールはだからちょっとミネルヴァに乗せてもらおうと思ってお願いに来たんだよと話を締めた。さすがの僕もいきなりドラゴンナイトになれるとは思ってないからまずは練習ってことで。

ああ、こいつは何も分かってないとジェロームは思った。
前にこいつにナンパとやらに引きずられていったときもこの男が相手にされなかった理由を全く理解していない。相手に合わせるだけでは駄目なのだ。こいつはこいつで歌や踊りで人を魅了することができるというのにわざわざ借り物の、他人の技で戦おうとするから駄目なのだ。自分にしかできないことでアピールすればもう少しましな成果が出るだろうに。
しかしそれを口に出すのは大変癪であったので、ジェロームは沈黙を守ることにした。何が悲しくて女性を口説く術をよりによってこいつにアドバイスせねばならないのか。どうせそんなことを言ったところで「モテる奴は言うことが違うね」などと騒ぎ出すに違いないのである。…これまで何回あったことか。

さてどうしてやろうか、としばらく考えジェロームは分解していた鞍や頭絡を手に取り立ち上がった。おお、今日は話が早いなあ!と笑顔を浮かべるアズールの前で手際よくそれらを愛竜につける。ああ、俺は今笑っているんだろうな、とジェロームは思う。仮面をつけていて良かった。今俺は楽しくて仕方がない。
完璧になった愛竜に跨ってジェロームは言った。


「残念ながらミネルヴァは気に入った奴しか乗せないんだ」


だから空を飛ぶ感覚を味わうにはとりあえずこれしかないなとジェロームは続け、さてどうするの?という顔をしたミネルヴァに指示をだす。了解とばかりに吼えた愛竜の首元を叩きながら、最後の情けもしくはささやかな友情から逆さ吊りにするのだけはやめてやろうと思った。














「それであたしのとこ運ばれてきたの?」
「…男だってペガサスナイトと一緒ならペガサスに乗れるから、そっちあたってくれってさ」
「あはははははオッケーオッケーあたしはいいよー!後ろ乗るー?」
「もういいよ!」
「やーでもさっきのアズール良かったよー!首根っこ掴まれて宙吊りで飛んでくるとかなんか魔物にさらわれるお姫様みたいだったもん!ああいうシチュエーションってわくわくするよね!」
「…僕がさらわれたら助けにきてね、シンシア」

 









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アズールとの付き合い方を覚えたジェロームと猛反省を促されるアズール
リクエストありがとうございました!!