2010年11月28日

 「良い知らせ」   ローマの信徒への手紙101417


 本日はアドベント(待降節)の初日です。イエス様の誕生を待ちのぞみ、救いの到来を喜び祝うクリスマスに向けて準備していきます。これから4週間救い主イエス様の到来を待つわけですが、ボンヘッファーによれば教会は待降節(救いを待ち望むこと)の中にあるのではなく、すでにもたらされた救いの中を生きているのだと言います。使徒パウロも、キリスト者を「神に愛され、召されて聖なる者」(ローマ1:7)と呼び、既にある事実を示し、その真実に生きるよう勧めました。

「福音」は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力です。(1:16)とパウロは言いましたが、大切なことはその焦点です。彼は続けて「口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われる。」と、キリストが福音の焦点であることを示しました。「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。」(ヘブライ5:7) イエス様は神の子だから簡単に罪なく生きられたと考えてしまいがちです。しかし、イエス様は生身の人間として、父なる神の愛に生き、十字架に死に、その死から蘇って下さいました。その言葉を信じることが信仰であり、信仰は救う力のある方からいただける恵みです。

「福音」は、私たちに希望を与えます。本日、アドベント最初のろうそく、「預言のろうそく」に火が灯りました。「わたしの主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み その名をインマヌエルと呼ぶ。」(イザヤ7:13)その預言は、他国からの侵略を受け不安のただ中にあった民に神様が人々の心の闇を破って与えてくださった救い主の到来の知らせでした。天使が、恐れるマリアやヨセフ、羊飼いたちに初めに語った言葉は「恐れるな」でした。今、私たちの生きている世界にこそ深い不安が切実に広がっています。人間を中心に作り上げられてきた世界に、それでも「インマヌエル(神は我々と共におられる)」との希望の言葉とその成就が証しされます。信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉(ご自身とご自身についての)によって始まります。ルターは、「自分が聖書の言葉を変えるのではなく、聖書の中で、自分が変えられるのである」と言いました。私も世界を変えることのできるキリストの良い知らせを伝える者とされています。

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