2010年10月10日

 「粘り強い信仰」  マタイによる福音書152128

 
「粘り強い信仰」  マタイによる福音書152128

  イエス様を驚かせる信仰を持った二人の人が福音書に記されています。しかも、二人ともユダヤ人ではなく、異邦人(ローマ兵の百人隊長 マタイ8:10、とカナンの女性 マタイ15:28)でした。二人に共通した信仰は、「イエスを主と呼び、その業と言葉とをそのまま信じた」ことです。百人隊長はイエス様を権威ある神の子(マタイ8:9、27:45)と告白し、カナンの女性はダビデの子(救い主)と呼びました。

 イエス様が来られたのは、世を救うためです。そして、イエス・キリストを信じる者たちは世界を変えてしまうために召されています。使徒パウロは「福音は、信じる者すべてに救いをもたらす神の力(ローマ1:16)と言い、神は人を分け隔てなさいません(ローマ2:11)」と語りました。日本のクリスチャン人口は1%以下、日本人への伝道は難しい、とよく言います。しかし、大切なのは福音の種を蒔きつづける粘り強い祈りと信仰です。イエス様を驚かせた彼女の立派な信仰とは・・

  1. イエスを主と告白し、叫び願った。しかし、イエス様は沈黙しておられた。詩篇22編の作者は神の沈黙に苦しみながらも「だがあなたは、聖所にいまし、イスラエルの讃美を受けられる方」と呼びました。

  2. 追い払われてもすがりついた。しかし、イエス様は「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とあしらわれた。私の母は今入院しており、以前から懸念されていた認知症が出てきたようです。治るようにと願いながら、どこかで母の救いを疑う苦しい迷いがあります。私たちは希望が見出せない現実に向かって祈るとき、どこか神様にあしらわれていると感じることがないでしょうか?しかし、それは違います。

  3. ひれ伏(礼拝)して「どうかお助けください」と懇願した。イエス様は「子どもたちのパンを取って小犬にやってはいけない」と答えられた。子どもたちとはイスラエル人、小犬とは異邦人のことです。女性は、「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」

マタイ14章で、ペトロは湖上を歩くイエス様に、自分も水の上を歩かせて欲しいと願いました。しかし、途中、強い風に気がついて溺れそうになりました。そして、イエス様は彼を助け、言われました。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」主イエスは、百人隊長やカナンの女性のような強い信仰を持った人だけでなく、ペトロや弟子たちのように弱い信仰を持ったものたちでさえ世界を変える者として呼び出してくださっています。主こそ粘り強く私たちを救いに導き続けておられます。