2009年5月10日

「母に宿った信仰」 テモテへの手紙U 1:1〜14

 純真無垢という人がいますが、テモテほど使徒パウロを純真に慕い、主イエスの福音に忠実に仕えた人はいないと思います。テモテは当時の状況の中で現代の教会の基礎とも言える形を整え、委ねられた福音を伝えていきました。

 テモテは、パウロの第二回伝道旅行の際リストラにてその働きに加わりました。当時外国の地にあってもユダヤ社会では、純血を守ることが大切なこととされていました。テモテの祖母ロイスはおそらく先祖来のイスラエルの神を純真に信じていた人だったのでしょう。しかし、エルサレムから伝わった福音によってか、おそらくパウロの第1回目の伝道旅行の途中、リストラ宣教の際救われたものと思われます。そして、その娘、テモテの母エウニケにも福音は伝わりました。おそらく異邦人ギリシャの男性と結婚することはユダヤ人共同体の中では抵抗があったと思います。祖母ロイスが娘の結婚を受け入れたのもキリスト者の自由を福音によって獲得していたからだと思われます。

 テモテが抱いていた「純真な信仰」は、祖母と母と同じ、行いによるのではなく神ご自身の救いの計画と恵みによる信仰で、その恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいて与えられ、救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものでした。混血児として、クリスチャンとしての証を立てていくことはテモテにとって困難なことだったと思われます。テモテは、パウロに同行する際、ユダヤ人伝道の障害を取り除くためにあえてキリスト者には必要とされない割礼を受け入れました。

 パウロに同行したテモテは初め、若く(おそらく20歳前後)決して完全な人ではありませんでした。心配性で(1コリント16:10)、精神的プレッシャーに弱く、胃弱(1テモテ5:23)だったようです。パウロの投獄中も共におり、代理としての働きも務め、おそらく30代でエフェソの監督となったわが子同然のテモテにパウロは生涯最後となる励ましの手紙を送りました。教会を健全に建て上げていくという重責を担うテモテを守ったのは、祖母ロイスと母エウニケに宿った聖霊による、主イエス・キリストの救いを信じる信仰でした。神は優れた人ではなく、祖母ロイスや母エウニケのような普通の人、ハンデを抱えたテモテのような人、しかし、純真で真実の信仰を信じる人を豊かに用い、業を成して下さいます。「小さくとも純真に、真の信仰を受け継いでいくものと主よして下さい。」