2007年12月23日 クリスマス礼拝メッセージ

「多くの人のために」 ルカ福音書2:10〜12

 約2000年前、ユダヤのベツレヘムに生まれたイエス様は、今日世界中の人々から祝われています。ナザレという小さな取るに足りない村に育ち、年およそ30歳になってから約3年間、限られた地域の限られた人々にしか会わなかった大工の息子が、今では彼のことを聞いて信じた多くの人、聞いていない多くの人からその誕生日のお祝いを受けています。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3:16)」との言葉は、現在までにイエスの誕生をお祝いした全ての人々に留まらず、神の愛がこれから生まれて来る人々の上にも及んでいることを意味しています。クリスマスが私たちにとって嬉しく楽しいものと感じるのは、目に見えない神の救いのメッセージがそこに込められているからだと思います。クリスマスは私たちにとってもっと現実的なことなのです。

 今日の聖書、ルカによる福音書と使徒言行録を書いたのはギリシャ人で医者でもあったルカがユダヤ人以外の人々の救いのために書いたものだと言われています。冷静で客観的な歴史家でもあったルカは今を生きる私たちに、個人的にイエスが神の子キリスト(救い主)であり、多くの人の罪を贖うために十字架にかかり、復活し、永遠の命を与えて下さる方であることを伝えました。その後の彼の消息は解りませんが彼と同じ異邦人である私たちへの愛がこの福音を書かせたことは間違いありません。

 「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」

 マリアは何の前触れもなく天使によって妊娠を告げられます。その戸惑いは私たちの想像を超えています。「すると」天使は言いました、「恐れることはない」。私たちにとって理解しがたい出来事や受け入れられない現実が、神のご計画を信じる人々を通して変わり始めます。神のマリアへの配慮はそれだけではありませんでした。天使はその出来事に苦しむいいなずけヨセフにも、洗礼者ヨハネの両親となるザカリアとエリサベトにも現れ、マリアと喜びを分かち合い、支え助け合います。マリアは天使の「神にできないことは何一つない。」という言葉を信じました。「お言葉通りになりますように。」マリアとヨセフ夫婦の危機を救ったのは神のご計画を信じる「信仰」でした。

 「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。」

 日本では年の初めの楽しみは年賀状、最近ではクリスマスカードも普通になってきました。自分宛ての手紙を受け取ることは本当に嬉しいことです。クリスマスメッセージは個人的な私信として「今日」あなたに届けられます。「ダビデの町で」とは、神様が約束を守られたという意味で、預言が実現したという意味です。神はユダヤ人に預言者を通して救い主が与えられることを約束し、その時、その場所、その人の姿まで告げておられました。神は約束通り、ダビデの血筋から救い主キリストをユダヤのダビデの町で与えて下さいました。しかし、多くのユダヤ人はそれを信じませんでした。そして、十字架につけ殺してしましました。その誕生を信じた人々は羊飼いのようなこの世の小さな人々でした。

 新生讃美歌180番「イエスがこころに」は、神が人とならなければ成しえなかった罪からの救いとその喜びを歌っています。
1.                    2.
小さな町の 小さな小屋で     喜びの道 手を取り合って
小さなみどりご世に生まれた    共に歩もうよイェスに向かって
そのみどりごはこの私たち     私の中で主イェスは生きて
救うために世へつかわされた    愛と励ましを与えられる

(くりかえし)イェスキリストが今私の心に生まれた
       その愛の深さに気づくこのクリスマス

 イエス・キリストにあって私たちの罪を赦す愛、それがクリスマスに与えられた神の恵みです。神の愛は、多くの人のために与えられたキリストを通して世に示されました。