2006年5月21日

「常に主に」 詩篇105:1〜4

 日本で約30年前に発案された工業生産方式の代表格が、トヨタの看板方式です。それまで、工場内に部品の在庫を持ち、ベルトコンベヤの流れ作業の工程で、前工程から後工程への押し込みで製品を作って倉庫に積んでいく、というやり方だったのを革新し、ジャストインタイムと言われる方式で、部品も完成品も在庫をほとんど持たずに生産するのです。この方法は、発想を逆転し、会社の計画で車で作るのはなく、顧客主導で車を受注生産するというもので、必要なものを、必要なときに、必要な数だけしか作りません。

 このように看板方式というのは、単に、徹底して無駄を省く生産管理の方法に見えそうですが、実は隠された真髄があるのです。約30年前にトヨタで導入して効果が上がったので、米国でこの看板方式が研究され模倣されました。それから20年近くたって、当時の米国の自動車会社の会長が、「トヨタの生産方式を導入し、高い生産効率を実現した。もはやトヨタに学ぶものは何もない」と発言して、それを確かめにトヨタに視察に行ったところ、「わが社はトヨタに何も学んでいないことが確認できた」と洩らしたとのことです。つまり、トヨタの看板方式は、20年間必死で研究したアメリカよりさらに先を行っていたのである。

 トヨタ生産方式の強みは何か。という問いに対して、初級者は、在庫が少ないこと、と答えます。中級者は、問題を顕在化させ、品質向上を促すメカニズムがある、と答えます。しかし上級者は、みんなで隠れている問題を常に必死に探そうとしている、と答えるのです。看板方式の真髄は、従業員全体の意識、つまり、問題がないように見えているときにでも常に問題をみんなで探し求め、より良き道を探っていくことなのです。

 人は不完全なので常に本来有るべき姿を求めることがとても大事です。これは究極的には主を求めることに通じます。企業の本当のゴールも実は主にあるゴールに通じるように思います。

 看板方式は、最終工程の出口にあるお客様が主導でした。私たちは、イエス様が主導になるべきなのです。私たちは言わば前工程なのです。私たちの方から押し付けでいくら出口に向かっても、最終目標にとどくまでに、多くの時間を浪費してしまいます。最終工程である、イエス様が私たちを導き、私たちに指示を出していただいたのを受けて歩むとき、私たちは積み残しの在庫を抱えず、安心して歩むことができるのです。

 トヨタの看板方式は、30年前、初めは米国の調査団に真の意味が理解できませんでした。それは、見た目の「看板」にとらわれ過ぎたからです。私たちは、見えるものではなく、見えないものに委ねるべきなのです。

 解決の糸口は、実は、私たち自身の中に隠されています。形や方法論ではありません。私たちが、「常に」「主に」、と本来向かうべき方向性をしっかり定めて行動するときにひも解かれるのです。私たちには、時と場合を考える必要はありません。いつも「常に」だからです。そしてその時に、その場の環境に応じて、主の導きに従うだけなのです。家庭であっても、会社であっても、学校であっても、どこでも、主が主導する真理は一つなのです。