ふるさと・四国

 

撮影日 2003.4.27

私の生まれた高知県大豊町大砂子は、吉野川の上流域にあり、近くに大歩危、小歩危の急流があります。大豊町は、9歳だった美空ひばり(当時は美空和枝)さんが、昭和22年巡業中のバス事故で九死に一生を得た所ということで知られている場所です。一ヶ月半の療養後、天然記念物の大杉(樹齢三千年以上の巨木で日本一といわれている)に「日本一の歌手になれますように」と祈願したそう です。14歳の時に、お世話になった方々への挨拶を兼ねて日本一の誓いも新たに大杉に参拝した写真が展示されていました。

1990年に主人と大杉を見に行きましたが、今回(2003年4月27日)法事で実家の丸亀(香川県)に帰りましたので、足を延ばして又、行って来ました。あちらこちらに日本一と言われる大杉があり、他所の木を見たことがなくて言うのも変ですが、やはり日本一ではないかと思います。小学生の頃遠足で、どれほど大きいか皆で大杉の周りを手をつないだことがありますが、何人だったかは覚えていません。パンフレットによると、南大杉と北大杉の二株が根元で合着していることから、夫婦杉とも呼ばれているそうです。

南大杉は根元の周囲が約20メートル、樹高が約60メートル

北大杉は根元の周囲が約16.5メートル、樹高が約57メートル

昭和27年に国の特別天然記念物に指定されたとあります。(2003.5.1)

 

撮影日 2003.4.27

1993年5月に「大杉の苑」を整備し、美空ひばりさんの遺影碑と「川の流れのように」歌碑が建立されたので、大好きなひばりさんに会って来ました。

遺影碑の前に立つと「悲しき口笛」「川の流れのように」「竜馬残影」の歌が流れます。三曲ともしっかり聞いてひばりさんを偲んできました。(2003.5.1)

 

撮影日 2003.4.27

   丸亀市     うちわお城

 

丸亀は私の育った町です。小学4年生の11月に移転してきました。石垣の高さが日本一の名城・丸亀城があります。城下町のせいか、古い町並みも以前は残っていましたが、今はどうでしょうか。

 

撮影日 2003.4.27

香川県は雨の少ない地方で、日本一大きい満濃池などため池が約14400程あります。讃岐平野のもう一つの風景は、讃岐富士こと飯野山です。小振りの山ですが、穏やかな讃岐平野の風景に馴染んでいます。飯野山と丸亀城を見ると「故郷に帰って来たなあ」と何かほっとしますが、父母の居ない故郷は寂しさもあります。うちわの生産は、今も日本一だと思うのですが、「うちわ」と言えば近所に何軒か、うちわやさんがありました。我が家は小さな商売をしていましたので、子供だから入ってくるお金が全て収入のような錯覚を覚えるようなところもあってか、「お金の有り難さを少しは知りなさい」と母に言われ、うちわの骨を糸で編む仕事をやったことがあります。手品のようにあっという間にきれいに仕上げるおばさん達に感心したものです。一本仕上げるのに時間がかかるので、これだけかかって編ん だのにたった何円?みたいな感じで、大変だなあと思ったものです。(2003.5.1)

 

撮影日 2003.4.26

 

故郷を訪ねて

 

2003年4月25日に法事で、実家の丸亀(香川県)に帰りました。27日に車で徳島県の大歩危、小歩危を通って高知県の大豊町へ行きました。天然記念物に指定されている日本一の杉の大杉と、美空ひばりさんの遺影碑と歌碑を見てきました。それから、生まれ故郷の大砂子に立ち寄り、高知、高松高速道を通って帰って来ました。

その時の写真  

 

皿鉢料理

 

高知県大豊町の「皿鉢(さはち)料理」を紹介します→ 

                          

丸亀に逗留した坂本龍馬

 

坂本龍馬が丸亀の矢野道場に逗留したことがあり、その時に撮った写真のガラス原板を子孫が持っておら

れて、それからプリントしたのが下の写真です。母がその方から頂いたのだそうです。

 

讃州丸亀矢野道場、原吉雄指南役と坂本龍馬(右側) 文久元年10月頃とあります。