約束
 粗末な小屋の中、は眠っている七宝に筵をかけてやった。
「やっと眠ったわね、七宝ちゃん」
ちゃんも疲れたろ。休んだらいいよ」
「ありがとう。大丈夫だよ」
 は、かごめと珊瑚に微笑みかけた。七宝にせがまれるまま、延々と子守唄を歌い続けていたのだ。
 一緒に旅をするようになって、3日経った。妖怪に出逢うこともなく、平穏に続く日々は、一見に落ち着きをもたらしていた。
「犬夜叉も寝ちゃってるよ」
「犬夜叉も、結構お子様ですからねえ」
 珊瑚と弥勒が、くすりと笑った。も、気持ち良さそうな寝息をたてている犬夜叉を見て、つられて微笑んだ。そして、七宝に視線を戻すと、溜め息をつきながら言った。
「あーあ、七宝ちゃんみたいなかわいい子供、欲しかったな……」
 その言葉を聞いて、ぎょっとしたのはかごめと珊瑚、目をきらりと輝かせたのは弥勒であった。
「なーんだ。それならそうと、早く言ってくだされば。、ぜひ私の子を産んでくだされ」
(あーあ、また始まった……)
(ほんっとに、この法師さまは!!)
 苦笑いしているかごめと、青筋を立てている珊瑚には目もくれず、弥勒はの手を握りしめて、の目を見つめていた。
「……前からなんとなく思っていたけど、弥勒さまって、やっぱりそういう人だったのね」
「なんですか、そういう人って……」
 今度は、弥勒が苦笑いする番だった。
「悪いけど、あたし、産めないから……」
「え?」
 かごめと珊瑚の顔に表れた、傷ましそうな表情に気づいて、あわてては言った。
「いや、その、身体が悪いとかじゃなくて……あたしなんかが、子供産んで幸せに暮らしてちゃ申し訳ないじゃない。いっぱい、人が死んじゃったのに……」
「でも、それは……」
「ごめん、あたしのど渇いちゃった。水飲んでくる」
 かごめの言葉をさえぎり、は急いで小屋の外へ出た。

 外は、十六夜の月がほのかに辺りを照らしていた。
 月明りを頼りに、は、小屋から少し離れたところにある小川に向かって歩き出した。
 小川に着くと、は水を飲もうとはせず、川辺の草原に座った。そして、そのままずっと川面に浮ぶ月を見ていた。
「!」
 不意に人の気配を感じ、は身構えた。
「私ですよ、
 月明りの中現れたのは、弥勒だった。
「なんだ……びっくりさせないでよ」
「驚かせてしまいましたか? それは申し訳ない」
 そう言うと、弥勒はさっさとの隣に座った。は、居心地悪そうに座りなおした。
「何しにきたの?」
の護衛ですよ、もちろん。それに、きれいな月の夜ですしね」
 そう言って、弥勒はにっこりと笑った。そして、言葉を続けた。
を口説くのに、これほどいい背景はないでしょう。どうです? あの月に私の想いを誓ってみせましょうか?」
 は吹きだした。下を向き、肩を揺らして笑い続けた。
「……ここは笑うところじゃないんですけどねえ」
 弥勒は、右手の人差し指でぽりぽりと頬を掻いた。
「……月夜に男の人に口説かれるなんて、なんだか普通の女の子になったみたい」
 笑いすぎて涙の滲んだ目を指先で拭いながら、は言った。
「普通の女の子ですよ、は」
 弥勒の言葉に、は首を横に振った。
「……村の人たちは、誰もそう思ってくれなかった。この能力(ちから)のせいで」
 は、右手を強く握りしめた。
「母さんが死んで独りぼっちになってからも、この"癒しの手"のおかげで、村の人たちからはとても大切にされたわ―――まるで、役に立つ道具のように」
 弥勒は無言のまま、満月には少し足りない月を見つめていた。
「みんなあたしのことを敬い、あたしのことを畏れていた。でも、あたしは―――……」
 は、言葉を切った。そして、震える声で続けた。
「……あたしは、そんな村の人たちを、心の中で疎ましく思っていた。……その心が、たぶん、鬼を……」
 弥勒は、そっと、の細い肩を抱いた。
「おまえは、私と似ているのかもしれない」
「似ている?」
「私の右手にも、常人にはない能力が備わっている―――呪いによって、与えられた能力だが」
 弥勒は、自嘲的に笑った。
 奈落の呪いによって穿たれた風穴。しかし、この風穴のおかげで、今まで幾度危機から脱することができたであろうか。
「この右手で、今まで多くの妖怪を葬った。その地に住む人々からは、感謝もされた。しかし、一つの所に長く留まることはできなかった。―――まあ、変化を好む私の気性のせいでもありますが、ずっと同じ地に住んでいたなら、きっとと同じような気持ちになっていたでしょう」
 は、肩に置かれた弥勒の右手に、そっと触れた。その手は、数珠によって固く封印されていた。
―――あたしと同じ……でも、同じじゃない。弥勒さまは、妖怪を殺しても、人を殺してはいない……。
「……月に誓ってくれるのなら」
 掠れた声で、は言った。
「約束して。今度あたしが鬼を寄せてしまったら、弥勒さまの風穴で、鬼を……」
「しかし、それではの魂が」
「もう嫌なの。これ以上人を傷つけるぐらいなら、あたし……」
 の目から、涙が溢れた。涙は月の光を受け、白く光りながら彼女の頬を伝った。
「それでの気が済むのなら、約束いたしましょう」
 弥勒はを抱き寄せた。
「……やっと泣きましたね。悲しいときは、泣いたほうがいい。たとえ泣けないほど、辛いときでも」
「弥勒さま……」
 は、長い間弥勒の胸にすがって泣いた。今まで泣けなかった涙を、全て流すかのように。
 弥勒は、のか細い背中を撫でながら、今し方交わした悲しい約束を実行する日が永遠にこないことを願った。
 そんな2人の姿を、月だけが見ていた。


やはり「私の子を産んでくだされ」の台詞がないと、
弥勒さまではないということでw

ちょっと甘甘展開