夏の終わり 冬の始まり
どうして夏の始まりって、いつもワクワクしちゃうのかな。
ただ暑い日が続くって予感がするだけなのに。毎年同じような夏を過ごしているはずなのに。今年の夏だけは違うって思えてくるの。毎年毎年。どうしてだろうね?
* * *
あたしの彼のケンちゃんは、南高の一年生。きっかけは文化祭。
南高の文化祭、七月だったんだけど、あたし、親友の素子と一緒に見にいったのよね。来年受けるつもりだから、下見のつもりで。
え? そーよ。あたし三年だよ。一応、受験生。
……わーかってるわよ。どうせ一年かと思ってたんでしょ。よく言われるもん。
ケンちゃんも、最初はなかなか信じてくれなかったのよね。
ケンちゃんは、文化祭でバンドのボーカルやってたのよ。
体育館の、文化祭用即席ステージでさ。たくさんの人の頭越しに見たケンちゃんは、光って見えた。
まあ、そんな感じで一目惚れしちゃったわけなんだけど、相手が高校生じゃなかなか接点ないじゃない?
どうしよう、ってウジウジ悩んでいたときに活躍してくれたのが素子よ。
従姉が南高に通っているからって、いっぱいケンちゃんのこと調べてくれたの。
ラッキーなことに、ケンちゃんの家、わりと近くてさ。地下鉄一駅分くらい?
だから放課後、素子と一緒に見にいったりして。暇な受験生。ていうか、ストーカー?
でも、だんだん見ているだけじゃ物足りなくなって。
素子に相談したら、告白したほうがいいって。でもでも受験生だし、って言ったら、相手は高校生だから勉強教えてもらえて一石二鳥だって。
素子って、合理的なのよね。背も高くって、髪もさらさらで、あたしとは正反対にクールで大人っぽい。
あたしも、素子みたいに生まれたかったなあ。
告白するときは、すっごい緊張したよ。
わざわざ家に帰って着がえてさ。メガネもはずして、コンタクト入れて。
ケンちゃんの家の前で、ずっと帰りを待ってて。帰ってきたケンちゃんに、震える声で告白さ。
慣れないコンタクト入れてたから、ずっと目が潤んでたのよね。それが功を奏したのか、即ゲット。
夏休みは、楽しかったなあ。
あたし、彼ができたの初めてだったから。「彼」と一緒に行く海や、動物園や、花火大会は、なにもかも新鮮。家族や友達と行くのとは、全然違って見えるの。
二人きりは恥ずかしかったから、たいてい素子と、ケンちゃんの友達と一緒だったけどね。
もちろん、勉強も教えてもらったよ。
ケンちゃんの家は新築したばかりで、広いし冷房も効いてるし、バンドやってるから防音もされてるのよね。
図書館で勉強するよりもはかどるのよ。
……初めて二人っきりになったのも、ケンちゃんの家だったなあ。
でも、夏は終わっちゃったのよね。
最近は海も動物園もない。寒いしね。花火大会もやってないし。
ほら、一応受験生じゃん? だから最近は、ケンちゃんの家に直行。
……まあ、勉強ばかりしてるわけじゃないけど。
……勉強じゃないことのほうが多いかも、だけど。
でも、どうしてかなあ。夏の始まりのときみたいに、ワクワクした感じがないの。なにをしていても。
ケンちゃんも、そうだったのかもしれないなあ。
あたしね、寒くなると誰よりも早く風邪をひくという特技があるのよ。特技って言わないか。そういうの。
で、今年も九月の終わりぐらい? 秋風ひゅるーん、って感じたとたん、くしゃみ鼻水鼻づまりよ。熱が出ないのが、まあ取柄かな。
でも、受験生としては熱もないのに家で寝ているわけにもいかないじゃん? いつもどおり学校行って、いつもどおりケンちゃんの家に行ってたら、案の定うつしちゃったのよね。ケンちゃんに。
まあ、おかげであたしは元気になっちゃったんだけどさ。
でも、あたしが元気になった頃に、今度は素子が風邪ひいちゃったのよね。
素子って結構丈夫で、中学入学以来、風邪なんてひいたことなかったのに。
それが、くしゃみ鼻水鼻づまりで、ホント苦しそうにしててさ。
よっぽど風邪菌のそばに密着していたんじゃない。
って言ったら、素子ってば泣くのよ。冷静な彼女らしくもなく。
風邪のせいで情緒不安定になっていた、ていうのならよかったのにね。
素子もケンちゃんのこと好きだったなんて、あたし全然気づいていなかった。
だって、そんな素振り全然なかったんだもん。
いつだって、あたしとケンちゃんのこと応援してくれていたし。
ケンちゃんの友達とつきあったりもしてたのよ。まあ、長続きはしなかったけど。
だから、あたし素子にいっぱい甘えてた。ケンちゃんとのことで、いっぱい、いっぱい……。
……でも、本当は心の奥底では気づいていたのかもしれない。だから、素子に見せつけてたのかもしれない。「ケンちゃんは、あたしの彼よ」って。
素子は、いつからケンちゃんのことが好きだったのかな。
もしかして、最初から……?
きっと、辛かったんだろうな。誰にも言えなくて。
誰にも言ったことなかったけど、あたし、ケンちゃんの友達にキスされたことあるの。
夏休みの終わり頃かな。夜に集まって、花火をしたの。
素子と、ケンちゃんと、その人と、あたし。
素子がコーヒー買いにコンビニ行くって言ったら、ケンちゃんが、俺もビール足りないから、って一緒に行っちゃったのよね。
で、その人と二人きりになったときに……。
けっこうビール飲んでて酔ってたし、減るもんじゃないからいいや、って感じ?
そのとき、ふと思ったのよ。
その人は、文化祭バンドでベースをやっていたんだけど、もしもその人がボーカルで、その人にスポットライトがあたっていたら、あたしはこの人に一目惚れしていたのかもしれないって。
だって、あの時あたし、「ケンちゃん」に恋したんじゃなくて、「ボーカルのカッコいい人」に夢中になってただけなんだもん。
違う人とだったら、夏が終わってもワクワクが続いていたのかもしれない。やっぱり続いていないのかもしれないけど、今となってはわからない。この夏のあたしの彼は「ケンちゃん」だったんだから。
でも、その人があたしの「彼」で、彼の友達のケンちゃんと、あたしの友達の素子。そういうふうにみんな出会っていたら、今、誰も泣かずに済んだのにね。
ケンちゃん?
うん、聞いてみたよ。素子のこと。
……ごめん、だって。
なんで、よりによって彼女の親友に手を出すのかなあ。
全然知らない人だったら、あたし、こんなに苦しい思いしなくて済んだのに。
でも仕方ないのよね。
ケンちゃんは、「彼女の親友」じゃなくて、「素子」を好きになっちゃったんだから。
あたしが黙って身をひけば、すべてが丸く収まるわけよ。
* * *
なんか、雲が濃い鉛色になってるね。また雪降ってくるかも。
先生、冬用の靴買った?
だめだよー、ちゃんと冬用の滑り止めしっかりついた靴買っておかなくちゃ。もう、靴屋さんで売ってるよ。
先生、呑気なんだからあ。根雪になってからじゃ遅いんだよ。アイスバーンって怖いんだから。
足元からきっちり準備しておかないと、前へ歩くこともできないんだよ。
* * *
……収まるわけがないのよ。
あたし、素子とは何もなかったような顔して親友に戻れない。
ケンちゃんに、笑ってサヨナラなんて言えない。
もう、南高も受験しない。
ケンちゃんと、たぶん素子も通う学校なんて、行けるわけない。
昨日、電話がきたのよ。あの、ケンちゃんの友達のベーシストから。
知ってたんだって。素子とケンちゃんのこと。
最初は、その人が素子とつきあっていたのよね。
いい人そうだったのに、なんで長続きしなかったのか、不思議だったんだけど。
素子の気持ちを知っていたのなら、やっぱりつきあえるわけないか。
その人、あたしのこと、本当に心配してくれてた。
ケンちゃんのことも、悪く思わないでくれって言ってた。
いい人なのよね、本当に。
ケンちゃんの友達で、素子の元カレじゃなかったら、クラッといってたかも。
* * *
……うん。
いつまでも、ここでこうしているわけにはいかないって、わかってはいるよ。
でも、まだ、あたし、教室に入るのが――素子の顔を見るのが怖い。きっと泣いて、喚いて、ひどいこと言ったりして……。
でも、たぶん、辛いのは今だけ。いつかはきっと、笑って話せるようになる。
だって、まだ若いんだし?
とりあえず、新しい恋をしなくちゃね。
あ、その前に、まず勉強か。一応受験生だし。
すいません。まったく犬夜叉には関係ないオリジナル。
いくえみ綾さんの「水の春」という作品に
インスパイアされて書いたものですが……
もちろんいくえみさんのレベルにははるかに及ばない(苦笑
興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
コーラスコミックスの「ケチャップ マヨネーズ」に
収録されています。
1月23日追記
ドリームやめてノーマル形式にしました。