シューベルト「軍隊行進曲」は、オーストリア皇室付属連隊のために作曲された、という。
それだけならば、「暗い過去」とも言えない。
しかし、この曲は、とある映画のBGMに使われた。
ゆえに、ファシズムの足音を感じさせる作品でもあるのである(かなりコジツケ)

「会議は踊る」という映画は、タアイのないお話である。
フランス(!)のナポレオンを駆逐したオーストリア・ロシア(!)連合軍、戦後処理を話し合うため、ウィーンで会議を行う。舞踏会を開いて各国首脳を骨抜きにしようとするオーストリア宰相メッテルニヒ(だから「会議は踊る」のであるが)。
「踊らされまい」と(史実でも「神聖同盟」を提唱した)ロシア皇帝アレクサンドル一世の対決……。

と書けば、すげぇサスペンスが期待できそうであるが、実体は、

ロシア皇帝アレクサンドルと、ウィーンの帽子屋の娘との、一時の、ラブロマンスに過ぎない
のである。問題は、その映画の初演された年にある。
何と、第一次世界大戦直後、天文学的インフレーションの起こる、ワイマール共和国時代である。
皇帝がウィーン郊外に、帽子屋の娘を囲うべく、ヴィラ(別荘)を買い与えた。そして、迎えの馬車が到着。帽子屋の娘は、恋と幸せに、歌いだす。背景役の声優たちと一緒に、うれしそうに。
たった一度だけ与えられたもの
もう二度とは与えられないもの
楽園の朝の陽射……
何かを暗示していると思うのは、その後の歴史を知る者の深読み、だろうか。

ウィーン会議は、フランス(!)皇帝ナポレオンがエルバ島から帰還したことにより、いったん頓挫する。
急遽、国に帰るアレクサンドル。幸せなデートが、いつの間にか永遠の別れとなったホイリゲ(居酒屋)。周囲の酔客が寂しそうに歌って踊りだす。

たった一度だけ与えられたもの
もう二度とは与えられないもの
楽園の朝の陽射……
何かを暗示していると思うのは(以下略)。

皇帝と帽子屋の娘のデートは、ホイリゲを、多少なりとも潤わせた。というのも、アレクサンドルは、自分の肖像が刻まれたコインを、惜しげもなく、あちらこちらに気前よく払っていったのである。
「お勘定」の終わった皇帝・帽子屋のカップルを、ホイリゲの楽隊は、「景気の良い音楽」で、送り出した。……シューベルトの軍隊行進曲である。何かを暗示(以下略)。

映画館の外の現実は、映画(ファンタジー)とは合わせ鏡のように映し出される(本来は逆に考える)
トランクに入りきれない札束の給料を見て、「これでもパン一つ買えない」と途方にくれるような天文学的インフレーション。
しかも、連合国から課せられた、莫大な負債。
失われつつある「景気の良い音楽」、しかも「軍隊行進曲」……。
閉塞状況からの救い手としての皇帝アレクサンドル(あるいはアドルフ・ヒトラー)の登場を、待望しているように、見えないだろうか。