ショーソ・コネリー主演「レ*ド・オクトバーを追え」(原作トム・クラソ*−)は、あの原作者らしい思慮に欠けた荒唐無稽なお話である。
ソビエトの最新鋭原子力潜水艦「赤い10月」(あったか、んなもの?)が、船ごとアメリカに亡命しようというのである(なんか昔、似たような事件:MIG25があったかもね)。マヌケな映画ではあるが、一つだけ秀逸なシーンを見せてくれた。ソビエト潜水艦内で「アメリカの鼻をあかして、やつらに一泡ふかせて暖かいキューバでバカンスだぁ!」と意気あがるシーン、である。

「連邦は♪」と一人、歌いだす。
苦笑する人・数名、始めやがったぜという表情で「揺るぎーなき♪」
追従して、もう数名が加わる、「自由な国々ーでもって♪」
やれやれ、という表情で残りの者も加わる「結ばれたり永遠(とわ)に、大ルーシ(ロシヤの古称)によってー♪」
ソビエト国歌である。日本語吹き替えは出だしに「国歌はじめ」という無意味な台詞に化けているがw。
薀蓄の上塗り:
某シミュレーション作家は、この映画に想を得て、「第二次大戦で日独が勝利した世界」に「潜水艦アドルフ・ヒットラーを亡命させよう」としている……。
じゃあ、中では「ドイッチラント・ユーバー・アッレス(万物に冠たるドイツ)」を歌わせるつもりか?
ヨーゼフ・ハイドンな古典では、意気もそれほど上がらないことだろうねぇ……。
私は、とりあえず、聞き耳を立てた。……正しい。スターリン版ではなかったからである。そう、ソビエト国歌には、年代により複数の版があったのである。
そもそも、ソビエト建国時に「ソビエト国歌」なるものはなかった(当然ではある)。「インターナショナル」だとか、「ラ・マルセイエーズ」露文をつけて歌ったりとかしていた、らしい。
で、スターリン政権(多分戦時中)になって、ようやく、通称「スターリン賛歌」がソビエト国歌として制定された。……いや、何気なく聞いていると、しばらくは人名が出てこない。問題は、下記のフレーズ:
暗雲振り払う自由な太陽
大レーニンは我らの道を照らした
スターリンはわれら人民の友、
勲功に我らを鼓舞す……
そりゃ、スターリン批判に転じるフルシチョフには耐えられない歌詞ではあります、なぁw。どうするべ?
いやいや、大丈夫w。スターリンの語を代名詞に替えてみな?
おお、レーニンに逆戻りw……という、ロシヤらしい人民の英知に満ちた小細工で、いろいろいろいろ国歌の歌詞を修正したのである、何回にもわたって
まず、2番。戦時中の歌詞として、後に削られた(あり? モスクワ五輪では歌ってたような気が……)。
われらの軍備の準備万端整えり
すべての道から不埒な侵略者を討ち果たさん
世代の命運を戦場に委ねん
祖国に栄光、われらに勝利を
うん、戦争終わったから、もういっかぁ、ということで削られたに相違ない。さらに、「スターリン賛歌」を「レーニン賛歌」にすべく、もう少し小細工が追加された。リフレインが一部改訂されたのである。
ソビエトの旗、人民の旗
は、
レーニンの党、人民の力
に改められたのである(あれ、モスクワ五輪では……以下略)。
歳月は流れる。ソビエトは「もう、やーめた(笑)」とか言ったか言わないか知らないが、「終了宣言」で、国がなくなった。さて、後に残ったロシヤ人たちは、どうしたか?
バルセロナ五輪の観客席で、「独立国家共同体」を応援する席で、「ソビエト国歌」を歌ったのである。さて、ソビエトはなくなっても、ロシヤは、相変わらず、ある。……で、ロシヤの歌は? まさか「神よツァーリを守りたまえ」は使えぬし……。
エリツィン政権下では、歌詞のないメロディーが、ロシヤ国歌(?)としてしばらく使用されていた。いや、現実に、世界には歌のない国歌が存在している……。しかし……。
あまりにもヒドイから国歌に使えないと廃棄された「初版・君が代」を凌駕するほどの駄作(といってよければシロウトかw)。さて、2001年。新しいロシヤ連邦国歌が制定された。歌詞は一新された。メロディーラインは驚くなかれ、ソビエト国歌だったのである。しかも、一新されたとはいえ、下記のフレーズは、残ったままで。
われらの自由なる祖国を称えるべし
薀蓄の上塗り:日本人の中には「称えよ」と訳している者もいる。しかし、ロシヤ語の動詞原形の用法は「〜すべし」「(否定形とともに)〜できない」である。誤訳とまでは言わないが、「称えよ」では不正確のそしりは免れまい。

ロシヤ連邦国歌 作詞:S・ミハイルコフ
(2001年以降版、直訳風・我門 隆星)

1.
ロシヤ(それは)われらの神聖な強国(ちから)
<
ラシ−ヤ・スヴェシチェ−ナヤ・ナ−シャ・ディエルジャ−ヴァ>

ロシヤ(それは)われらが愛するところのわれらの国
<
ラシ−ヤ・リュビ−マヤ・ナ−シャ・ストラナ>
大きな意志 偉大な栄光は
<
マグ−チャヤ・ヴォ−リヤ、ヴェリ−カ−ヤ・スラヴァ>

汝(ロシヤ)の財産なり すべての時において
<
トヴァヨ−・ダスタヤ−ニェ・ナ・フシェ−・ヴリェメナ>

称えるべし 祖国を
<
スラ−ヴィスヤ・アチェ−チェストヴァ>

われらの自由な(祖国を)
<
ナ−シェ・スヴァヴォ−ドナイェ>

兄弟のような人民の永年にわたる結合を
<
ブラツキ−フ・ナロ−ダフ・サユ−ズ・ヴェカヴォ−ィ>

先人たちによってもたらされる人民の英知を
<
プリェ−トカミ・ダ−ナヤ・ム−ドラスチ・ナロ−ドナヤ>

称えるべし国を!われらは汝を誇りとす
<
スラ−ヴィスャ・ストラナ! ムィ・ガルディ−ムスヤ・タボ−ィ>

2.
南方の複数の海から 北極の地方まで
<
アト・ユ−ジヌイフ・マリェ−イ・ダ・パリャ−ルナヴァ・クラ−ヤ>

広がりし われらの複数の森と われらの野原は
<
ラスキ−ヌリシ・ナ−シ・リェサ・イ・パリャ−>

第一に汝に光あてられよ
<
アドナ−・トゥイ・ナ・スヴェ−チェ!>

第一に汝はかくあれかし
<
アドナ−・トゥイ・タカ−ヤ>

神によって守られし血を分けた祖国の土(たれかし)
<
クラニ−マヤ・ボ−ガム・ラドナ−ヤ・ゼムリャ>

称えるべし 祖国を
<
スラ−ヴィスヤ・アチェ−チェストヴァ>

われらの自由な(祖国を)
<
ナ−シェ・スヴァヴォ−ドナイェ>

兄弟のような人民の永年にわたる結合を
<
ブラツキ−フ・ナロ−ダフ・サユ−ズ・ヴェカヴォ−ィ>

先人たちによってもたらされる人民の英知を
<
プリェ−トカミ・ダ−ナヤ・ム−ドラスチ・ナロ−ドナヤ>

称えるべし国を!われらは汝を誇りとす
<
スラ−ヴィスャ・ストラナ! ムィ・ガルディ−ムスヤ・タボ−ィ>

3.
広き領土は 複数の夢と複数の命のために
<
シロ−キ・プラスト−ル・ドリャ・メシトゥイ・イ・ドリャ・ジズニ>

未来はわれらに時代を開く
<
グリャドゥシチ−ェ・ナム・アトクリヴァ−ユト・ガダ−>

われらに力を与えるのは われらの祖国への忠誠
<
ナム・シ−ル−・ダヨ−ト・ナ−シャ・ヴェルナスチ・アチ−ズニェ>

(過去)かくありたり (現在)かくあり そして(未来)かくあらん永遠に
<
タク・ブィ−ラ タク・イェスチ・イ・タク・ブ−ジェット・フシェグダ−>

称えるべし 祖国を
<
スラ−ヴィスヤ・アチェ−チェストヴァ>

われらの自由な(祖国を)
<
ナ−シェ・スヴァヴォ−ドナイェ>

兄弟のような人民の永年にわたる結合を
<
ブラツキ−フ・ナロ−ダフ・サユ−ズ・ヴェカヴォ−ィ>

先人たちによってもたらされる人民の英知を
<
プリェ−トカミ・ダ−ナヤ・ム−ドラスチ・ナロ−ドナヤ>

称えるべし国を!われらは汝を誇りとす
<
スラ−ヴィスャ・ストラナ! ムィ・ガルディ−ムスヤ・タボ−ィ>

ロシヤ連邦国歌(2001年以降版、メロディーライン訳詞・我門 隆星)

1.
神聖なる強国わがロシヤ
愛する国わがロシヤ
高き志(こころざし) 偉大な栄光は
ロシヤのもの 常なりき
祖国を称えよ
自由はわれらに
同胞のむつみ永かりき
祖先のもたらす人民の英知を
国を称えん われらの誇り

2.
南方の海から 北極の果てまで
われらの畑(はた) われらの森
光に映ゆるわれらの生国(しょうごく)
神よロシヤを守りたまえ
祖国を称えよ
自由はわれらに
同胞のむつみ永かりき
祖先のもたらす人民の英知を
国を称えん われらの誇り

3.
広き土地に 数多(あまた)夢(ゆめ) 命(いのち)
未来はわれらに時代を開く
われらの力は 祖国への忠誠
過去 現在 永遠にかくあらん
祖国を称えよ
自由はわれらに
同胞のむつみ永かりき
祖先のもたらす人民の英知を
国を称えん われらの誇り

原文の「われらの自由な(ナーシェ・スヴァヴォードナエ)」という形容詞は「父国(アチェーチェストヴァ、祖国)」を修飾している。しかし、日本語で歌えないため、あえて分離し、あたかも「われら」を修飾するよう曲訳してみた。