深き悲しみのミサ Op83


「八戒、最近俺の事避けてねえ?」
「そんな事ありませんよ」
 そう言いつつも八戒は悟浄を見ることが出来なかった。
 八戒の様子がおかしいのはあきらかである。
 悟浄はそんな八戒の態度が腹立たしく思える。
「なら俺の事ちゃんと見ろよ!」
「……………」
 八戒は唇を噛み俯く。
 悟浄を直視することなんて出来なかった。
 あんな事があったのだから…。
 この躰には三蔵の残した跡が沢山あるのだ。
 それを悟浄に気づかれてはいけない…気づかれたくない。
 だから躰は過剰に悟浄から距離を取ってしまう。
「八戒!」
 強くそう言うと八戒を引き寄せ強引に口づける。
 その時、八戒の襟の隙間から見えた紅い跡…。
「八戒…その跡…」
「…………ッ!」
 八戒は悟浄の躰を押し手を振りほどくと走り出す。
「待てよ…八戒!」
 慌てて追うがあっという間に八戒の姿は消えてしまう。
 悟浄はため息を吐くと手で自分の顔を覆う。
 八戒の首に残された跡…あれは自分のつけた物ではない。
 ………では誰が?
 あの八戒の態度とこの跡は間違いなくイコールで結ばれるハズだ。
 八戒があのような態度を取り始めたのはいつからだっただろうか。
 悟浄は必死に記憶の糸をたぐる。
 そして数日前の八戒を記憶の中で鮮明に映し出す。
「アイツか…」
 ある場所で悟浄の思考と記憶がぶつかり合う。
 心の奥から止めようのない怒りが沸き上がるのが分かる。
 絶対に許せない…。
 悟浄は壁に強く拳をぶつけると廊下を駆け出した。

 

 放課後の人の少ない図書室で八戒はため息を吐く。
 思わず飛び出してしまったけれど…いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
 悟浄に全てを話さなくてならないだろう。
 でも自分にはまだその勇気がない。
 どうしたらいいのだろう…。
「どうした?元気がないな」
「…紅……」
 じっと俯き考え込む八戒に紅がい児が声をかける。
「いえ…なんでも無いんです」
「そうか……」
 苦しそうにそう呟く八戒に紅がい児はそれ以上何も聞かなかった。
 自分が簡単に踏み込んでいい問題では無いと判断したからだ。
「そう言えば悟浄がすごい剣幕で走っていったが…」
 話題を変える為に言った言葉であったが、その瞬間八戒の顔色が変わる。
「ど…どこでですか…」
「二階の…生徒指導室の辺りだが…」
 紅がい児が言い終わるよりも前に八戒は立ち上がると図書室を飛び出した。
 まさか……。
 嫌な考えだけが八戒の頭の中を駆けめぐる。
 それは生徒指導室に近づくにつれて大きくなる。
「…………」
 そしてあと少しで生徒指導室と言うところで廊下に大きな音が響く。
 …生徒指導室からだ。
 八戒は慌てて指導室の扉を開ける。
 そこで八戒の目に映った物は…。
 棚に叩き付けられうずくまっている三蔵と…さらに殴りかかろうとする悟浄の姿。
「悟浄…やめて下さい!悟浄」
 八戒は悟浄の躰を後ろから押さえる。
「放せよ、八戒。コイツだけは許せねえ」
 振りほどこうとする悟浄を力一杯抱き留める。
 やがて悟浄は躰から力を抜いた。
「八戒…何でだよ。何で止めんだよ。
 コイツに酷い目に遭わされたんだろ」
「悟浄…いいんです。だからもうやめてください…」
 そう言う八戒の頬を一筋の涙が伝う。
「八戒……」
 悟浄はそれ以上何も言わずそっと八戒を抱き留める。
 部屋の中を沈黙が包み込む。
 その沈黙を破ったのは三蔵だった…。
「馬鹿なヤツだな。せっかく免れた退学を確定させにきたのか?」
「どういう意味だ」
 睨みつける悟浄に三蔵は小さく笑う。
「さあな。八戒にでも聞いてみろ」
 悟浄はそっと八戒を見る。
 その瞬間八戒は唇を噛み視線をそらす。
「八戒…。まさか俺の退学の為に…」
 考えたくはないが、それ以外に考えられない。
 八戒は自分の為に…自分の所為で……。
「さて、今悟浄が俺を殴った事でこのままだと退学と言うことになるが…どうする?」
 三蔵の言葉に八戒ははっとして三蔵を見る。
「先生…」
「悟浄がどうなるかはお前次第だ」
 八戒は俯き少し考えると震える足で三蔵の元へと向かう。
「やめろ、八戒!」
 悟浄は八戒の躰を後ろから抱きとめる。
「退学なんて構わねえ。
 だからそんな事やめろ!」
「悟浄…僕は貴方と一緒にこの学校で生活したいんです。だから…」
 小さな声でそう言い悟浄の躰を押し返す。
 涙を浮かべながらも意志をもった強い瞳に押される。
「三蔵先生…これで最後にして頂けますか?」
「…ああ…、俺の任期ももう終わるしな」
 八戒の要求に三蔵は素直に頷く。
「…八戒、やめてくれよ…。
 そんな事までして学校になんていたくねえ」
 悟浄は絞り出すようにそう言う。
 しかし八戒は首を横に振る。
「悟浄…お願いです。
 これは僕の我が儘かもしれませんけど…それでも……」

 

 八戒は悟浄の見ている前でゆっくりと制服を脱ぎ落とす。
「八戒…どうすればいいか分かるか?」
 三蔵の口調と視線で何を指しているかは分かる…。
 八戒は躊躇いながら三蔵の前に跪く。
 そして三蔵のズボンに手をかけ三蔵のモノを手で包む。
 悟浄の方を気にしつつもなるべく見ないようにしながらそれをゆっくりと銜える。
 悟浄の前でこんな事をするなんて…。
 恥ずかしさと罪悪感、そして複雑な思いが頭の中で混ざり合う。
「お前は淫乱だな。
 好きな男の前で他の男のモノをそんな嬉しそうに銜えて」
「ん…ぐ……んん」
 反論しようとした八戒の頭を掴み強く押し付ける。
「手抜くなよ。
 いい加減な事しやがったら、悟浄は退学だからな」
 苦しさで暴れていた八戒がその言葉に動きを止める。
 そして思い詰めるような表情で三蔵への奉仕を再開させた。


「……………」
 悟浄は微動だにせずその光景を見つめる。
 いや、動く事が出来なかった。
 三蔵を殴ってでも、殺してでも止めるべきなのに…。
 動く事が出来ない。
「いや…あ……んんっ…」
 目の前で八戒が三蔵に犯されている。
 白い肌に汗を浮かせて……。
 透き通る様な瞳に涙を浮かべて……。
 綺麗な顔に苦痛の表情を浮かべて……。
「…やめろ…やめてくれ……」
 それは全て自分の所為なのだ。
 自分の浅はかな行動が今回の事を招いた。
 ……自分の所為だ……。
「ごめん……八戒……」


「大丈夫か…八戒」
 ぐったりと横たわる八戒を抱き上げ自分の上着でそっとくるむ。
「悟浄……?」
 八戒がゆっくりと目を開き悟浄を見上げる。
「ごめん、八戒。もう俺こんな事二度としねえ。しねえから……」
 八戒を強く抱きしめ、縋る様にそう言う。
 その言葉に八戒は黙って頷いた。
「今回の事でお灸が据えられただろ。
 大事なヤツがいるなら、そいつの為にもきちんとするんだな」

 

 それからしばらく悟浄はすごく真面目だったけど…。
「八戒、おはよ〜」
「おはよう、じゃありません。
 今何時だと思ってるんですか」
 やっぱりそれは直ぐに戻ってしまった。
 本質的には少し成長しているみたいだけど。
「もう…」
 ため息の数はまだまだ減りそうにない……。

 

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