運命の力 Op77
─── 運命…
運命とは何なのだろう。
もう自分の運命は既に決まっているのだろうか。
ただ、自分はその運命の中で踊らされているだけなのだろうか…。
迷うことも…迷って別の道を選ぶことも、それすらも全て運命で決まっているのかもしれない…。
そうして運命の中で生きることに何の意味があるのだろう。
「お世話になりました。
住むところが決まりましたら、また連絡に来ます」
僕は『猪八戒』という新しい名をもらって寺を出た。
行く先など、まだ何も決めていなかった。
特に戻るところもない…。
誰も知らない新しい街へ行って、新しい人生を始めようかとも考えていた。
しばらくは旅をしても良い。
特にしなくてはならないこともない。
自由なのだから…しばらくはのんびりと気侭に旅でもしようか。
ただ、その前に行かなくてはならないところが一つだけあった。
『命の恩人』というのは何かおかしい感じがするけれど…今、自分がここにいるのはあの人のおかげだから…。
だから、一度あの人には御礼を含めて挨拶に行かなくてはならない…。
そう思って僕はゆっくりと歩き始めた。
……あの人の住む街へと。
─── その時、運命はどう動いていたのだろう…。
彼の家は街から少し離れたところにある。
それでも街に寄ったのはほんの偶然…。
お世話になった人のところへ行くのに手ぶらでというのも何だと思い、何か手土産を買おうと。
街まで向かう間、何にしようかずっと考えた…。
そう考えた末に決めた物。
果物にしよう…それも真っ赤な林檎。
あの人の髪と同じような綺麗な紅い林檎を…。
そう思って林檎売りの屋台に近付いた。
「…………」
そこにあの人が居た。
─── これは偶然?それとも運命?
「まぁ、せっかく来たんだから茶でも飲んで行けよ」
そう言って彼の家に呼ばれた。
…少しの間、一緒に暮らした家。
居たのはほんの一時だったのに、なんだかとても懐かしい。
まるで故郷にでも帰ってきたような気分になる。
……どうしてだろう。
何も変わっていないこの家。
…と言いたいところだったけど。
「…何で、この短期間でここまで汚せるんですか」
家の中はかなり汚れていた…。
自分が居たときにあれだけ掃除をして綺麗な状態にしておいたのに。
ある意味、ここに来たばかりの時を思い出して懐かしいと思えるくらいだ…。
結局、悟浄ではお茶がどこにあるかも判らないので自分でお茶を入れることになる。
まずは、このおぞましい状態になっている流しを片付けないとどうにもなりませんね。
「どういう生活をしていたんですか?」
とりあえず洗い物をしてカップを発掘してから、ダイニングテーブルの上をお茶を飲める程度に片付ける。
「ふつーに生活してただけ」
「……そうなんですか」
普通に生活していてここまで汚れる物なのだろうか…。
ゴミはゴミ箱から溢れてるし、洗濯物も散らばりっぱなし。
よくこんな汚い部屋で生活できた物だと感心してしまう…。
「俺、掃除苦手だしさ〜」
……苦手云々という問題ではないような気がするんですが。
「ゴミくらい捨てれるでしょう」
「ゴミの日知らねーし」
ゴミの日は一緒に暮らしていたときに散々言ったはずなのに。
…覚える気がないんでしょうかね。
「今まではどうしていたんですか」
「いままでかー…。偶にその辺の女が掃除しに来たりしてたかな」
「…今はそういう人居ないんですか?」
悟浄は女の方に人気があるのだから今だってそういう人は山ほど居るはず…。
そういう人に掃除してもらえばいいのに。
「まぁ、いねーこともねーけどさ。
俺、あんまり家の中の物、他人に触られるの好きじゃねぇんだよな」
…確かにそんな話を前に聞いたことがあった気がする。
でも…じゃあ僕はどうなんだろう。
そっと悟浄を見ると目があった。
「ま、お前は別だけどな」
僕の考えていたことが判ったのか悟浄がそう言う。
その悟浄の言葉に何か…胸がドキドキした。
「…そ…そうなんですか」
悟浄にとっては何気なく言った言葉なのだろうけど、僕は妙に意識してしまう。
「お前って何か一緒にいて楽なんだよなぁ。
全然邪魔にならないし。
一緒に暮らしていて楽しかったぜ」
「ありがとうございます」
今まで生きてきて…誰にも必要とされなかったからだろうか。
悟浄の言葉がとても嬉しい。
それと同時に過去形であることが悲しかった。
…僕は…もう一度この家に戻りたいの?
戻りたいと言えば、優しい悟浄のことだから『YES』と言ってくれるだろう。
でも、これ以上悟浄の優しさに甘えてはいけない…。
「お前さ、これからどうすんの?」
「あ…特に何も…まだ決めてません。
やることもないので旅でもしてまわろうかと思っているんですけど…」
そういいながらも、自分は悟浄からここに戻ることを勧められるのを待っている。
……卑怯者だ。
自分から言い出せずに…相手から言われるのを待つなんて…。
そんなことでは駄目だと思い、ゆっくりと席を立つ。
「すっかり長居してしまいましたね。
また、どこかに住むことが決まりましたら、一度報告に来ますね」
そういい扉に向かう。
何かここを離れると言うことがとても寂しくて、悲しくて…。
何でだろう…。
自分はここを離れたくないのだろうか。
それとも…悟浄の側を離れたくないのだろうか…。
「さようなら…」
それでも、僕はここを離れることに決めたのだ…。
「待てよ…」
扉に手をかけたとき、背後から声をかけられた。
扉を離してゆっくりと振り返る。
「…悟浄……」
「行くとこねーんだったら、またここに住めよ」
思いがけない言葉…。
それでも、ずっと待ち望んでいた言葉。
「いいんですか?」
自分の耳を疑ってしまう。
本当に自分はここに戻っても良いの…?
「お前以外にこの家掃除できるヤツいねーんだよ。
…俺をゴミに埋もれて死なす気か?」
悟浄が冗談っぽくそう言う。
貴方は僕を必要としてくれるんですか?
「仕方がないですね」
そう言いながら目頭が熱くなるのが判った。
それくらいに嬉しかった。
貴方が僕のことを必要としてくれているのかは判らないけれど、僕が…貴方のことをとても必要としていることはよくわかった。
……貴方の側にいたい。
「また、よろしくお願いします」
─── 運命…
全て決められていること…。
迷うことも全てもが運命の中の出来事なのかもしれない。
それでも……。
こうして貴方と出会い、共に過ごすことが運命であるのなら…。
運命も悪くない…そう思える。
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