BALLADE   Op66

 

 雨の日、八戒は必ず悟浄か三蔵と同室になる。
 俺と同室になる事はまずない。
 理由は分かっている……。
 俺には三蔵や悟浄みたいに八戒を受け止めるだけの力が無いって事だ。
 もちろん実際の力ではなく精神的な力……。 
 俺じゃ力不足なんだ……。

 俺では八戒を支えられない。
 ……それ以前に八戒は俺を頼ってくれない。
 なんで俺じゃだめなの?
 俺だって八戒の力になりたいのに。
 俺を頼ってよ……。

 八戒は何時だって俺に笑顔を見せてくれる。
 でも裏を返せば……笑顔しか俺に見せてくれない。
 八戒のすべてを見たいのに……。
 八戒のすべてを俺に見せてよ……。

 俺を子供扱いしないで……。
 俺は八戒が思っている程子供じゃない。
 だから俺を見てよ……。
 子供としてではなく一人の男として。
 八戒に思いを寄せる一人の男として……。
 八戒の事……愛してるから……。 
 誰よりも愛してるから……。
 だから…俺を見て……。

 

 今日もまた雨が降っている……。
 八戒が、無理して作った笑顔の下に消えそうなぐらいの儚さを隠している。
 そんな八戒にそっと手を差し伸べたくなる。
 八戒を支えてあげたい……この手で……。
 ……もしかしたら、そう思っているのは俺だけじゃないかもしれない。
 でもそんな事は関係無かった。
 問題なのは、俺が八戒の事を愛しているという事と、八戒が誰を愛しているかだ。
 それだけだ……

 初めて見た時から惹かれていた。
 あの綺麗な翠色の瞳に。
 初めて見た時、八戒は強い瞳をしていた。
 自分の意志を貫く為なら、死すらもいとまない……そんな感じだった。
 生きる為ではない……でも生きる為の炎のような炎を宿していた……。
 でも、時折儚さが見え隠れする。
 本当は強くなんかない……。
 無理に強く見せているだけだ。
 ……自分の目を抉った時だって……。
 見ていて苦しかった……。
 そこまでして自分を強く見せる八戒が辛そうで。
 だから守りたいと思った。
 俺が守ってやるから……もう強がらなくていいって、そう言ってやりたかったんだ。
 
 でも……逆効果だったんだ。
 八戒は俺の前では余計に無理をする。
 例え辛くたって絶対に辛いって言わない……。
 それは俺だからなの?
 悟浄や三蔵の前ではどうなんだろう。
 二人には頼るのかなぁ……。
 俺は子供だから?
 だから俺には頼れないの?
 だから俺には守れないの?
 俺じゃ……八戒を幸せにできないの?
 俺は…八戒の役に立たないの……?
 そんなの嫌だ。
 おれは……八戒が守りたいんだ。
 一人の男として愛する人を守りたい。
 だから、俺に頼ってよ。
 もっと俺に頼ってよ……。


 
 「今日、俺八戒と同室がいい」
 「………………」
 みんなが無言で反対を示している。
 でも俺は引き下がるつもりなんてない。
 今諦めてしまったら……もう一生手に入らない気がするから。
 「八戒と同室がいい」
 俺は絶対に自分の意志を変えない。
 絶対に……


 「どうしたんですか?僕とそんなに同室になりたいだなんて……」
 八戒が俺に、にっこりと微笑みかける。
 綺麗で優しい笑顔……でも辛そう。
 そんな八戒の笑顔を見ていると胸が苦しくなる。
 そんなに無理して笑わないで。
 「…別になんでも。ただ八戒と一緒がよかっただけ」
 ついつい笑って誤魔化してしまう。
 本当の気持ちも言えずに子供のフリをして誤魔化してしまうんだ。
 だから、八戒もいつだって俺の事子供扱いしかしてくれないんだ。
 自業自得……なのかなあ……。
 ……これが悟浄や三蔵だったらどうなんだろう。
 八戒はこんな風に無理して笑わないのかな。
 こんな風に無理して笑わなくてもいいのかな。
 ……俺じゃ……八戒を守れないの……?
 「悟空、先にお風呂入ってきたらどうですか?」
 互いに上面だけの笑顔で会話をしていた時、八戒がそう言った。
 もうそれなりに夜が更けていた。
 「うん、じゃあ入ってくるよ」
 俺は一旦気持ちの整理をしたくて、素直に風呂へ行った。
 本当はずっと苦しかった。
 表面では笑っているのに笑っていない。
 楽しいはずなのに何も楽しくない。
 それでもお互いに楽しいフリをして……。
 そんな空気が重苦しくて……ずっと逃げたかったんだ。


 ……八戒……
 俺は何をやっているんだ。
 こんな事をする為に八戒と同室になったんじゃない。
 俺は弱虫だ……。
 いざとなったら何もできない。
 …………………。
 でも、そんなのは嫌だ。
 俺は頭を冷やすかのように水を頭からかぶる。
 「……っめて……」
 水の冷たさが身にしみる。
 でも少し頭がすっきりしたような気がする。
 やらなくては……。
 今やるべき事をやらなくちゃいけないんだ。
 

 俺が浴室から出た時、八戒は窓辺に立って外を見ていた。
 ……いや、見ていないのかもしれない……何も……。
 その瞳には光を宿していない。
 何処を見ているか分からない虚ろな瞳。
 まるで、この世にある物…何も映していないかのような……。
 ……これが本当の八戒なんだ……。
 少し体がぞくっとした……。
 「あ、悟空もう上がったんですか?」
 「……うん……」
 八戒が俺に気づいて笑顔を作る。
 ……苦しい笑顔だ……。
 さっきまでの闇を隠すかのように無理矢理張り付けられた笑顔。
 「ほら、ちゃんと髪の毛ふかないと風邪ひいちゃいますよ」
 そんな笑顔……見たくない……。
 荷物の中からタオルを取り出すと、俺の髪を拭こうとする。
 「…八戒」
 俺はタオルを持っている八戒の手を掴む。
 「…悟空…?どうしたんですか?」
 俺は八戒の質問には答えずに、八戒を自分の胸元に引き寄せる。
 「……悟空……?」
 「そんな顔で笑うなよ…」
 俺の言葉に八戒は困ったように笑う。
 これも作り笑顔だ……。
 「俺、八戒の事好きだから、八戒の事守りたい」
 「…ありがとうございます」
 ……本気で言っているのに……。
 それなのにどうして……。
 八戒の瞳は……
 八戒の本当の瞳は俺なんか映していない。
 だから作った笑顔で壁を作って誤魔化すんだ。
 絶対に俺には本心を見せてくれない。
 この壁を壊したい。
 作った笑顔なんて取り払って本当の八戒を見たい。
 ……どうすれば本当の八戒が見られる?
 ……ああそうか……。
 だったら壁を作る余裕なんて無くしてしまえばいいんだ……。
 そうすれば本当の八戒が見られる……。

 

 八戒をベッドまで連れて行き無理矢理押しつける。
 自分もベッドの上に乗り上げ八戒を組み敷く。
 「悟空…何をするんですか……」
 少しずつ八戒に余裕がなくなり笑顔が剥がれてくる。
 もっと剥がしたい……。
 すべて剥がしてしまいたい。
 俺は八戒に口づける。
 八戒の唇を割り、八戒の口内に下を侵入される。
 ゆっくりと八戒の口内隅々まで犯していく。
 逃げる舌を捕まえからめ取る。
 「……は……」
 何度も繰り返して舌を絡める。
 八戒の舌を解放した時には、お互いの間に唾液が糸を張るぐらいだった。
 「……悟空…何を……」
 八戒が途切れ途切れの呼吸で言う…。
 「ここまでしても分からない?」
 八戒の口の端から流れ落ちる液体をそっと舌先で拭い取ってやる。
 「俺は八戒の事愛してる。
 だから八戒の事が抱きたい」
 そして本当の八戒が見たい……。
 「……冗談…ですよね……」
 こんな状態でもまだ八戒は笑顔を作ってそう言う。
 イライラする。
 なんで八戒は俺に本当の姿を隠そうとする……。
 ……ちゃんと俺を見てよ……。
 「俺、八戒が思ってる程子供じゃないよ」
 イライラした気持ちのまま、八戒の上着を力任せに引き裂く。
 八戒の白い肌が俺の目に飛び込んでくる。
 「…や…悟空……」
 すごい綺麗だ。
 手触りもすごいなめらかで……。
 絶対に手に入れたい……。
 「もっと見せてよ」
 俺は破れた布の切れ端で、八戒の手を頭上でまとめ上げてベッドの端にくくりつけた。
 そして自由になった両手で、八戒のズボンと下着を脱がせる。
 「八戒…綺麗だよ…」 
 八戒の体は何処も彼処も綺麗だ。
 「も…やめてください…」 
 八戒が恥ずかしそうに視線を逸らす。
 でも俺は八戒の頬を持って無理矢理視線を合わせる。
 翠色の瞳の上にうっすらと涙が溜まって宝石のように輝く。
 「右目…残念だったな。こんなに綺麗な翠だったのに」
 そっと左目にたまった涙を拭い取る。
 「もう、こんな事がないように俺が八戒を守るんだ。
 これ以上傷が増えないように」
 心にも体にも……。
 「だからって…こんな事で手に入れて、貴方はそれでいいんですか?」
 八戒が俺にそう言う。
 ……やっと俺の事見てくれた……そんな気がした。
 「強引じゃなきゃ、手に入らない物だってあるだろ」
 「……悟空……」
 だから……どんな事をしてでも手に入れたい。
 どんな事をしてでも……守りたいんだ。
 「あ……悟空……」
 ……絶対に……
 「八戒……愛してるよ……」
 

 それで八戒が手に入ったかどうかは分からない。
 でも確実に何かが変わった。
 俺の中でも、八戒の中でも。
 だから後悔はしていない。
 間違っていただなんて思わない。


 
 目を覚ますと……もうすっかり部屋は明るくなっていた。
 昨日の雨が嘘のようないい天気だ。
 ……雨はいつか止む。そして晴れるんだ。
 「……悟空……?」
 俺の横で八戒がゆっくりと目を覚ます。
 「おはよ、八戒」
 俺は八戒の頬に軽く口づけた。
 「…おはようございます…」
 八戒が少し安心したようにそう言った。
 それは今までの笑顔とは少し違っているように思えた。
 ほんの少しだけど、八戒に近づけたって思う。
 「ねえ、八戒」
 これからも少しずつ近づいていこう。
 本当の八戒を見る為に。
 「おれ、ずっと待ってるから。
 八戒がちゃんと俺の事見て、俺の事想ってくれるまで待ってるから」

 −−−だから……いつか……

 

 
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