Chain Rondo Op63
……三蔵…
貴方は僕にとっての光……。
僕の心を照らす。
僕の心の全てを…。
貴方は僕の全て…。
でも、貴方は僕に向かって光ってはくれない。
貴方が見ているのは別の物…。
僕以外の物…。
貴方はいつか…僕のために光り輝いてくれますか?
僕だけのために。
…一度だけで良い……。
多くは望みません…。
一度で良いから…。
僕は貴方にとって何ですか?
貴方にとって、どれくらいの価値がありますか?
貴方にとっての一番が誰かはわかりません。
ただ、一番にはなれないとわかっているだけで…。
一番じゃなくても良いから…
貴方の心に僕はいりますか?
好きになってくれだなんて言えません…。
でも…
少しで良いから…
─── 僕を見てください…
僕は三蔵を愛している…。
そう気付いたのはいつのことだっただろうか。
初めて会った時から…心引かれていた。
あの鮮烈な光に。
黒く濁っていた僕の視界に飛び込んできた。
ずっと…自分でも気付いていない心に気付かせてくれた。
僕の知らない世界を見せてくれた。
あの日から、三蔵のことが気になってしかたがなかった。
その思いが愛に変わっていったのか、それとも初めから愛していたのはわからない。
でも、これだけは言える。
僕は三蔵を愛している。
そう思うだけで幸せになれるほどに。
でも、貴方が想っているのは僕ではない…。
貴方を想っているのも僕だけではない…。
その日は珍しく悟空と同室だった。
三蔵と悟浄が同室になるのを嫌がるので僕と悟空が同室になることはあまりない。
でも、僕は悟空と同室になるのは嫌いじゃない。
むしろ嬉しいぐらいだ。
悟空の純真さは周りの人を幸せにする。
……そんな気がする。
僕のことを頼ってくれたりするのもとても嬉しい。
……そう感じていた。
「なぁ、八戒。ちょっと聞いても良い?」
夕食も済んで、部屋でのんびりとしてたとき、悟空が僕にたずねてきた。
「どうしたんですか?」
僕としてはこうして僕に質問してくれたり、相談してくれたりするのは嬉しいので笑って聞き返した。
「あのさ……」
悟空が少し言い辛そうに口ごもる。
僕は悟空が言葉を綴るまでそっと見守った。
彼の役に立てるように。
「八戒ってさ…好きな人とかいる?」
「…え?」
悟空の綴りだした言葉は意外な物で、僕は少し理解できなかった。
それでも彼がどうしてそんな質問してきたのかを考える。
「今がいませんけど…」
思わず嘘をついてしまう…。
本当は今…三蔵のことが好きなのに…
「悟空は誰か好きな人がいるんですか?」
「………」
悟空は黙って俯く。
こんな質問をしてくるんだ…今、誰か気になる人がいるのだろう…。
「…俺さ、元々三蔵のこと…特別だったんだけどさ、最近すっごく三蔵のこと気になってさ…」
……三蔵……。
それは予想できない答えではなかったはずだ。
悟空にとって三蔵は絶対的な存在…。
そんなことは知っている…。
でも、僕にとってだって…絶対的な存在だ…。
「三蔵は俺のことどう思ってるのかな…」
…それを僕に聞くんですね…。
「三蔵も悟空のこと好きだと思いますよ」
…えぇ…本当に……。
「そうかな…。三蔵、俺のことすぐにぶつしさ…」
「それは貴方のことを気にかけているからですよ」
見ていてよくわかるんですよ…。
三蔵が貴方のことをどれだけ大事にしているか。
「俺…三蔵の側にいて良いのかなぁ…。
そんな自信ないし…」
俯いたまま、ぐっと手を握りしめる。
その手を掴んで優しくさする。
「大丈夫ですよ…。
悟空が三蔵のことを想い続ければ…その想いは三蔵に届きますし、三蔵もその気持ちに返してくれますよ。
応援していますから」
「…うん、ありがと八戒。
俺、八戒のことも大好きだよ」
…無邪気な笑顔…。
「ありがとうございます。僕も悟空のことが大好きですよ…」
……ウソツキ…
─── 今はいませんけど…
ウソツキ…
苦しいほどに三蔵を求めているのに。
─── 悟空が三蔵のことを想い続ければ…その想いは三蔵に届きますし、三蔵もその気持ちに返してくれますよ。
でも僕の想いは返ってこない…。
僕がどんなに想い続けても…
きっと三蔵は気付いてくれない…。
─── 僕も悟空のことが大好きですよ。
…大好きですよ……
………………ウソツキ
無邪気な悪魔…。
貴方は何も知らないうちに…僕を傷つける。
その無邪気さで…。
僕がどんなに苦しんでいるかも知らずに。
貴方は笑い続けるでしょう。
…だから、僕も笑い続ける。
全てを隠して…。
笑顔で嘘を吐き続ける…。
─── 僕も悟空のことが大好きですよ…
……ウソ…
本当は…嫌い……
大嫌い…
だって貴方は…僕から三蔵を奪っていく。
僕にだって…三蔵は必要なのに…。
…ずっと側にいたいのに……。
例え手に入らなくても…。
それなのに貴方は…そんな僕のささやかな願いすら…潰そうとしている。
何も知らずに。
僕の気持ちなんか…何も知らずに…
「今日の部屋割りですけど…」
本当は三蔵と同室が良い…。
今日は雨だから…。
だから……。
「別に希望がないなら、三蔵と悟空、僕と悟浄で良いですか?」
だけど、悟空に逝ってしまった…。
協力するから…って。
言わなければ良かった…。
でも…言わずにはいられなかった。
あの悟空の目を見て僕は何も言えなかったのだから…。
僕も三蔵のことが好きだと…。
「…………」
僕はそっと三蔵の方を見る。
…少しだけ期待する。
三蔵が、僕との同室を望んでいてくれることを…。
今日は雨だから天。
少しでも僕を必要としていることを…。
ねぇ…三蔵…ほんの少しで良いんです…。
「良いですか?三蔵…」
最後の望みをかけた言葉…。
「別に構わない」
…………。
最後の望みだったのに…。
少ししか希望はなかったけれど。
それでも僕は心のどこかで期待していた…。
でも、その期待も希望も打ち切られた。
…三蔵は僕の事なんて必要としていない…。
「…わかりました。では、今日の部屋割りはこれで…」
三蔵に部屋の鍵を渡す。
歩き出した三蔵に悟空が嬉しそうに憑いていく…。
そして、しばらくして悟空が振り返って笑った。
…袖は僕に対しての感謝を示していたのかもしれない。
でも、僕には別な物に見えた。
…哀れな僕をあざけ笑っているように…。
本当は僕の想いも何もかも知っていて…それでこんな事をしているんじゃないだろうか…。
三蔵が僕でなく悟空を選んだから…。
だから悟空は愚かな僕をあざけ笑うんだ。
三蔵が必要としているのが僕ではなく自分であると…。
醜い……。
僕の心は哀れになるくらい醜い…。
いつからこんなになってしまったのだろう。
仲間を疑い…憎むまでに……。
…鯉は恐ろしいほどに人を変える。
そして…嫉妬も恐ろしいほどに人を変える。
鯉をすれば美しくなると言うけれど…
嫉妬は人を醜くする。
元は鯉だったのに…。
独占欲だけが先走っていき…欲に飲み込まれる。
もう僕は独占欲にとりつかれた醜い化け物だ…。
でも、自分を止めることはできない。
こんな醜い僕を見て、貴方はどう思いましたか?
…こんなに醜い僕を見て……
「…八戒、どうしたんだ?」
「いえ、何でもありませんよ」
心配そうに声を掛ける悟浄に、僕は笑顔でそう言った。
こんな気持ちは誰にも言えない。
それが例え三年も一緒に暮らしてきた親友でも…。
いえ…親友だからこそ言えないのかもしれない。
こんな醜い気持ちを…。
…僕はどこかおかしいのかもしれない…。
鯉をすると…他のことが目に入らなくなるみたいだ……。
その人さえいればいい…。
他には何もいらない。
……何もいらないから…
「…ただ…今日は雨だから…」
…雨だから特に三蔵を求める。
こんなにも僕は三蔵を求めているのに…三蔵…貴方は僕の事なんて必要としていないんですね。
…雨の日だから……
雨の日にはもう何も失いたくない。
「そうか…」
悟浄はそれ以上何も言わなかった。
静かな時が流れる…。
部屋の中に雨の音だけが響く。
雨の音がうるさくて…部屋の中の静けさを強調させる。
一体、どれだけの時が流れたのだろう。
…どんどんと心の中で憎しみが膨れ上がっていくのを感じる。
…もう止められない……
たとえ、これからも隠し続けても…この想いは消えることはない…。
どんどんと大きくなっていく…。
三蔵を愛する気持ちも…
悟空を憎む気持ちも…
…僕は愚かだ…。
「じゃあ、今日も三蔵と悟空、僕と悟浄で」
上っ面だけの作り笑顔…。
心の中では憎悪が渦巻いているのに。
表面だけで嘘を吐く…。
騙しているんだ…仲間を…。
『ありがとう、八戒』
悟空に笑顔でそう言われたとき…寒気を感じた。
それと同時に殺意を覚えた。
純粋に笑顔を浮かべる悟空がねたましい…。
貴方はどうしてそんなにも幸せそうなんですか?
それは三蔵の隣にいるから…?
三蔵の隣…
ずっと自分が望んでいたもの…。
それを貴方が奪った…。
貴方が奪ったんだ…。
壊してやりたい…。
貴方の幸せを…。
全てを…。
「…八戒…お前最近変だぞ」
「別に何も?僕、どこかおかしいですか?」
完全に笑顔という仮面をはめる。
誰にも悟られないように。
「…そんな表面だけで笑うのは止せよ」
「………」
なんで…気が付くんですか…?
本心は完全に隠して…笑顔で覆い被せたのに…。
「…どうして……」
どうしてあなたは気が付くんですか…
「八戒…」
「…何を……」
突然悟浄に抱きしめられる…。
…なんでそんなことをするんですか……。
「お前、三蔵のこと、好きなんだろ…」
「な……」
何でわかるんですか?
ずっと隠してきた想いを…
「お前のことなら何でもわかる。
お前のこと…好きだから」
僕の唇が、悟浄の唇でふさがれる。
……悟浄…
「やめて下さい!」
力いっぱい悟浄を突き飛ばす。
「…一つ教えてやろうか…」
「…………」
「三蔵はいつまで経ったって、お前の気持ちには気付かないぜ」
「……わかってます…。もう、放っておいてください」
わかってる…。
僕の気持ちが三蔵に届いていないことぐらい…。
そして…この先も届かないことも…。
わかっているんだ…。
でも…面と向かって言わなくても…。
「…………」
思わず部屋を飛び出してしまった…。
宿の裏庭の木に体重を預けると、気が抜けたのか力が入らない。
僕の目から涙が溢れて…地面に落ちる。
……三蔵…。
この届かない思いをいつまで抱いていて良いですか…?
報われない想いだけど…もう少しだけ…。
もう少しだけ貴方のことを愛しても良いですか?
でも、気持ちを抱くことすら許されないということを、僕はすぐに知ることになる…。
「八戒、ちょっといいか」
「…三蔵……」
三蔵から話しかけてくれるなんて久しぶりだ。
実際にはちゃんと話すこと自体が久しぶりなのかもしれない。
…嬉しい…。
たとえ、それが他愛のない話でも、ただの事務的な話でも、何でも構わなかった。
「では、これを明日までに揃えておけば良いんですね」
三蔵は僕を必要としてくれている。
それが仲間としてでも良い。
便利な奴だと思われてもそれでも良い。
「頼んだぞ」
「はい」
頼んでくれている、僕に。
それだけで幸せになってしまう。
貴方のためになら何でもします。
だから、僕を貴方の側に置いてください。
隣じゃなくても良いんです。
貴方と一緒にいられるなら…それで…。
「ねぇ、八戒。三蔵と何話してたの?」
「悟空……」
三蔵が去っていったあと、悟空に声をかけられる。
振り返ると、いつものような笑顔ではなく強い視線…。
「どうしたんですか、悟空?」
僕がほほえみかけても、悟空は黙った僕を見る。
そして、一歩一歩僕に近付いてくる。
「ねぇ、三蔵と何話してたの?」
「…別に…買い出しのことですよ」
「ふーん」
僕の言葉に悟空は少し俯き何かを考える。
そして、また強い視線で僕を見る…。
「八戒は俺と三蔵のこと、応援してくれてるんだよね。協力してくれるんだよね」
…………。
「…えぇ……」
震えそうになる声で精一杯答える。
「ならいいや。じゃあな」
悟空は安心したように笑うとその場から駈けていく。
…………。
その場に残された僕はどうすることもできずにただ立ちつくした…。
……どういうことですか…。
僕が三蔵と話していたから…貴方はそれだけのことで僕に怒りをぶつけたのですか?
ただそれだけのことで…。
たったそれだけのことも許されないのですか?
三蔵と話すことすら駄目なんですか?
一緒にいることも許されないのですか?
……貴方はまだ僕から奪っていくのですか?
僕がどんな気持ちでいるかも知らずに…。
多くは求めないのに…。
ただ側にいたいと思っただけなのに…。
そんなささやかな想いも聞き届けられない。
……つまり、僕は三蔵に思いを抱くことすら許されないのですね…。
…そうなんですか……。
この思いを捨てなければならない…。
三蔵を愛しているというこの想いを…。
それはあまりにも辛すぎる…。
この想いを捨てるのは…。
三蔵のこと…忘れなくてはいけない。
でも、すぐにそんなことはできないから、だからこの心を閉じこめる。
三蔵のことを好きだという気持ちを閉じこめてしまおう…。
……そしてできるだけ自然に見えるように振る舞わなくては…。
…自然に笑えてますか?
もう、何もわからない…。
自分がどんな顔をしているのかも分からない…。
僕はちゃんと笑えていますか……?
今日も悟浄と同室だ…。
本当は…あのことがあってから悟浄と一緒にはなりなくはないんだけど……。
悟空に協力すると言った以上、僕が三蔵と同室になるわけにはいかない。
それに悟空と同室にもなりたくなかった…。
一人になりたい…。
誰にも会いたくない。
誰とも話したくない…。
もう、誰も僕に構わないでください。
「…八戒……」
急に悟浄に後から抱きすくめられる。
「悟浄、やめて下さい」
もう僕に構わないでください。
「お前はアレでいいワケ?」
「…え…?」
「そんなお前、見てるだけで痛い」
何でそんなこと言うんですか…。
「…だったら…」
…もうどうしようもないのに…。
「だったらどうすればいいんですか?
三蔵が悟空のこと愛してるってわかっている状態で悟空に三蔵が好きだって相談されて…。
僕はどうしたら良いんですか?
僕にどうしろと言うんですか!」
胸が熱い…。
抑えていた気持ちがどんどんと溢れ出る。
苦しい……。
苦しくて、もうどうにかなってしまいそうだ。
「…悪かった……」
悟浄がポツリとそう言うと僕の体を強く抱きしめる。
悟浄の体温が…僕に伝わる。
「そんなに辛いなら、俺が…三蔵のこと忘れさせてやろうか…?」
「…悟浄…」
三蔵のことを忘れられないなら…このまま忘れさせてもらえばいい…。
でも……
「ごめんなさい」
僕は悟浄の体を突き飛ばす。
…でも本当は三蔵のこと…忘れたくないんだ……
僕はいつも逃げてばかりだ……。
悟浄からも悟空からも三蔵からも…。
そして自分からも…
逃げているんだ…。
気持ちを伝えることも忘れることもできない。
ただ中途半端に…何をするわけでもなく、何事からも逃げて…。
それで、報われるわけがない…。
…でも、もうどうすることもできない。
好きにならなければ良かった。
三蔵のこと好きにならなければこんな苦しい思いをすることもなかった。
悟浄の想いだって受け入れられたかもしれない…。
……好きにならなければ…。
「八戒」
「三蔵……」
何で三蔵が…。
会いたくないのに…。
今、貴方に会いたくないのに…。
「最近様子がおかしいぞ。どうかしたのか?」
…僕のこと、心配してくれるんですか?
優しくしないで下さい。
優しくされた分だけ辛くなるから。
期待してはいけないとわかっているのに、それでもどこかで期待してしまうから。
だからもう…優しくしないで下さい。
「なんでもないですよ」
「そうか…ならいいんだが。サルがお前のこと心配していたぞ」
…なんだ、そんなことだったんですね。
だから言ったでしょ。期待してはいけないって。
貴方が僕のことを心配したのは…悟空に言われたからなんですね。
貴方が僕のこと心配してくれたわけじゃないんですね。
…悟空のことが大事なだけなんだ…。
「…八戒?」
三蔵の手が僕に触れるか触れないかのあたりで、僕はそれを叩き落とす。
そんな優しさはいらない。
そんな、表面だけの優しさなんて…僕にはいらない。
「僕のことはもう構わないでください」
貴方のそんな行動が僕をよけいに苦しめる。
よけいに惨めになる…。
だからもう構わないで。
「…八戒……」
三蔵が僕に叩かれた手を押さえる。
そして僕を見る…。
なんで、そんな辛そうな目をしているんですか…。
…そんな…僕のせいで…
体の熱が一気に引いていくのを感じる。
…僕が…僕が三蔵を傷つけた…。
そんなつもりじゃなかったのに…。
「ごめんなさい」
また逃げている…。
でも僕にはもう逃げるしかない…。
三蔵を傷つけてしまって…。
そんなつもりじゃなかったのに…。
もうおしまいだ…。
なにもかも…。
…悟空だ……。
もう誰にも会いたくないのに…。
僕に何の用だというのですか?
「なぁ、八戒。今三蔵と…」
「…そんなことまで干渉するんですか?」
「…え…?」
悟空が驚いた顔をする。
でも、もう溢れ出た気持ちは抑えられない。
「僕が三蔵と話をしてはいけないんですか?
…貴方は三蔵に愛されているのに…。
それ以上何を求めるのですか?」
もうどうなってもいい。
どうなってもいいから吐き出したかった。
溜めてしまったもの全てを…。
「知ってるんでしょ…僕が三蔵のこと好きだって…」
「…八戒……」
「知っていてやっているんだ…。二人で僕のことあざけ笑っているんだ」
……もう嫌だ…。
……何もかも…忘れたい…。
「ねぇ、悟浄…」
僕って卑怯ですよね…こんな時に貴方を利用しようと思っている…。
「忘れさせてください…全てを…」
そっと自分から悟浄に口付ける。
忘れさせてください…貴方の手で…。
三蔵のことを…
悟空のことを…
全てを…
もう何も求めない…
求めるとしたら…『無』を…
「いいのか…?」
「はい」
僕は最低ですね…。
僕は何も求めないから…。
だから僕が貴方に抱かれるのは貴方を愛しているからじゃない。
…誰でもいいんだ…。
三蔵のこと忘れさせてくれるのならば…誰でもいい…。
貴方でなくてもいい…
忘れさせて…
「…八戒…」
悟浄は優しい。
このまま悟浄のことを愛せたらいいのに。
今…目の前にいるのは悟浄なのに。
それなのに僕の頭の中に三蔵がいる…。
それなのに僕の心の中に三蔵がいる…。
忘れられない…。
僕は三蔵のこと…忘れられない…。
「……ごめんなさい…」
僕は三蔵のこと…忘れたくないんだ…。
「ごめんなさい…悟浄…」
「……八戒…」
悟浄が少し困ったような顔をする。
そして優しく僕の涙を拭う…。
「悪かったよ…八戒」
「…悟浄…」
「お前を手に入れるためにあんな酷いこと言って…。
卑怯だと思ってるよ。
まぁ、それでも結局お前は手に入らなかったけどな」
…悟浄…何を言っているんですか…?
「謝罪ついでにイイ事教えてやるよ」
「イイ事…?」
いいことって一体…。
今の僕に…いいことなんてあるんですか?
「あぁ。こないだお前にあのままじゃ三蔵に想いは絶対届かないって言っただろ」
「…はい…」
三蔵が想っているのは僕じゃないから、僕がどんなに三蔵のことを想っても…僕の想いは届かない…。
「それはお前が届けようとしてねぇからだよ。
お前の気持ち、ちゃんと三蔵にぶつけてみろよ。
可能性は0%じゃないと思うぜ」
可能性は0%ではない…。
でも、それは何万分の一で…。
……いえ…でも悟浄の言うとおり…。
僕は自分の気持ちを三蔵にぶつけたことがない……。
いつも逃げてばかりだ。
最初から駄目だって決めつけて…行動に移さない。
…気付いてもらおうとだけ思って、気付かせようとはしなかった。
…自分の気持ちを三蔵に伝えよう。
その確率がどんなに低くてもいい。
答えが駄目でもいい。
ただ、この想いを伝えたい。
ただ、黙っていたからこんなことになってしまった…。
だから、蒙古迂回しないように…。
「…悟空点」
目の前に悲しそうな顔をしている悟空。
僕が傷つけたんだ…。
自分の思いを隠していればいいなんて勘違いして…。
そんなの何の解決にもならないのに。
「悟空、ごめんなさい。
ずっと騙していて…。
でも僕、本当に三蔵のことが好きなんです」
もう隠さない。
全てを話そう。
「ううん。俺の方こそごめん。
八戒の気持ち全然考えてなくて。
俺、八戒のこと、ずっと傷つけてた」
辛そうに話す悟空の髪をそっと撫でる。
「いえ、僕が間違ってましたから…。
悟空…嫌いなんて言ってゴメンナサイ。
本当は貴方のこと好きですから…」
「…八戒……。
俺、実はさ、三蔵に告白したけどフラれちゃったんだ。
他に好きな奴いるって…。
誰かは教えてくれなかったけど」
「…………」
「だから八戒頑張ってよ。
俺、八戒だったら赦せるよ。
八戒のこと、好きだから…」
三蔵が好きなのは悟空じゃなかった…。
じゃあ誰を…?
…いいえ、そんなこと関係ありません。
僕は三蔵のことが好き…。
ただ、その気持ちを伝えたい…。
この想いの全てを伝えたい。
それだけだから…。
「…三蔵……」
全てを伝えよう。
溜め込んできたものも全て…。
残らず貴方に伝えよう…。
─── 貴方のことが好きです。
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