宵の明星 Op62
なぜそんな事をしてしまったかはわからない。
一時の気の迷い?
何が原因かなんてわからない…。
でもあの時……。
その日の宿は二人部屋が二つであった。
但し、ツインではなくダブルで…。
そして部屋割りは三蔵と八戒、悟浄と悟空であった。
「僕、ソファで寝ますから三蔵がベッドを使ってください」
宿に着いたのはかなり夜が更けてからだったので、部屋に入ってすぐに八戒はそう言った。
それは、まぁ、八戒の性格からすれば当然のことであった。
「……いい。お前が使え…」
三蔵は気付いていたのだ。
八戒の体調が余り優れないことを。
よく見なければわからないほどではあるが、時折少し辛そうにしているのが感じられた。
だから、三蔵は八戒と同じ部屋にした。
無理にでも休ませるために。
自分からは絶対に辛いと言わない八戒は、いつも最後まで無理をし続ける。
挙げ句の果てに倒れたりする…。
気を遣っているつもりなのだろうが、はっきりいってよけいに迷惑である。
そうなる前に休ませなければ困る…。
「え…いいですよ。三蔵が使ってください。
その返答に三蔵は溜息を吐く。
まぁ、素直に『はい』というわけはないと思っていたが…。
「素直にベッドで休むのと無理矢理寝させられるのとどっちがいい?」
無理矢理…それは俗に言う気絶というヤツだろう。
八戒はうーんと考え込む。
「そう言われましても、最高僧様を差し置いて僕がベッドで寝るというのもどうかと思いますしねぇ…」
かといって気絶はちょっと…と困ったように笑う。
そしてまた少し考えて、何かを思いついたらしくぽんっと手を打つ。
「じゃあ、一緒にベッドで寝ましょうか」
「……は?」
三蔵は思いっきり怪訝そうな顔をする。
「このダブルベッド、かなり大きめですから男二人でも寝られると思います」
三蔵は『何を言っているんだ?』という顔で八戒を見るが、八戒はにこにこと笑ったまま三蔵から視線を外さない。
「嫌ならいいです。僕、別の所で寝ますから」
相変わらず笑ったままそう言う。
三蔵は諦めたように溜息を吐く。
実際の所、三蔵も疲れが溜まっており、余り体調も良くなかった。
八戒はそれに気付いているのだろう。
こういう状態で八戒に勝てるとも思わない。
「明日も早い…もう寝るぞ」
「はい」
三蔵は夜中にふと目を覚ました…。
元々余り眠りは深い方ではないので、夜中に目が覚めることは良くあった。
ふと動かした指先に人の温もりが伝わる。
目の前で八戒が規則正しい寝息を立てている。
余り人と接することが好きではなかった三蔵だが、この旅に出てからそういうことにすっかり慣れてしまった。
こうしてすぐ自分の前で誰かが寝ていることにも…。
「……?」
ふと見ると八戒の上に布団が掛けられていないのに気が付く。
八戒の上にもかけられているはずの布団は全て自分の上にかけられていた。
…これはどう見てもズレて布団がよってしまったという感じではない。
八戒が故意的に行ったのだろう…。
「…まったく……」
三蔵は布団をつかみ、そっと八戒にかけてやる。
「ん…んん……」
八戒がかすかに動く。
目を覚ましてしまったか?と思ったが、またすぐに規則正しい寝息が聞こえる。
起こしてしまったわけではないようだ…。
三蔵は安心したように小さく息をつく。
「………」
三蔵の視線が八戒の寝顔に釘付けになる。
何を考えていたわけではない…。いわば何も考えていなかった。
…ただ気が付いたら、八戒の唇に引き寄せられるように…キスをしていた。
その瞬間、時が止まったようだった。
あまりにも静かで…時計の音すら聞こえない…。
ほんの少しの時間だったようにも、凄く長い時間のようにも思えた…。
「……!!」
風で窓がガタッと揺れた音で三蔵は我に返る。
今点自分は何をしていたのだろう…。
目の前にいる男相手に…。
三蔵は高鳴る鼓動を抑えるように八戒の反対を向き布団を頭から被る。
それでも鼓動は勢いを増すばかりで、いっこうに収まりはしなかった…。
「おはようございます。…三蔵…体調悪いのですか…?」
結局あのあと朝まで寝付くことの出来なかった三蔵は、誰の目から見ても疲れ倍増中といった感じであった。
「やっぱり、ベッドは一人で使った方が良かったんでしょうかね…」
まぁ、確かにそれは原因の一部ではあるが、真の理由は八戒にはわかっていないだろう。
「大丈夫ですか?」
急に顔を覗き込まれ三蔵の顔が紅く染まる。
八戒の顔をまともに見ることが出来ない…。
「顔もあかいですね〜、風邪でしょうか…」
そんな原因になっている八戒はそのことをみじんも気付いてなく、荷物から風邪薬を取り出す。
「はい、薬飲んで置いた方が良いですよv」
───その頃、別室の悟浄・悟空は…
「ちょっとちょっと悟浄さん、見ました?」
「見ましたとも。あれはどう見ても三蔵サマは八戒にホの字ですねー」
「この先どうなるんでしょうねー。旅の仲間として気になりますねー」
「いや〜、そうですね〜。しかし八戒サンはそういう方に疎そうですし、天然っぽいですからね〜。チェリーな三蔵サマには荷が重いんではないでしょうかねー」
「やっぱりそうですかねー」
と、井戸端会議ごっこをしていた…。
三蔵サマの恋(?)は…前途多難なようである……。
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