葡萄摘み   Op.54

夢を見ました……。

朝早くから一人の人が葡萄を摘んでいました。
誰の為に葡萄を摘んでいるのでしょう。
誰の為に鋏をならしているのでしょう……。
誰のせいで緑の虹……?
籠を抱いて素足で歩く道……。
その籠から一粒転がり落ちる。
そのまま……何も言わず乾く土の上で種になる炎をあげて……。
……誰の為に今朝も早く……青い葡萄摘むの……?


ただそれだけの夢なのに、僕の心の中にいつまでも残っている。
何か切なくて……悲しくて……。
何でこんな気持ちになるのかは分からないけど……。
何も関係ないわけではない事だけは心の奥で感じとっていた……。


その夜も悟浄の帰りは遅かった……。
それでも『今日は帰る』と言った一言を僕は信じていた。
温めればすぐ食べれるようにしてある夜食……。
お風呂のお湯も張り直してある……。
……もしかしたら今日は帰って来ないかもしれない……。
それでも僕は起きて悟浄の事を待っていた。
悟浄の言ったあの一言を信じて……。


随分と夜が更けた頃、悟浄が帰ってきた。
「お帰りなさい」
……悟浄はちゃんと帰ってきた。
彼の事を信じてよかった……。
ただ帰ってきただけなのに僕の心がぱっと明るくなる。
「夜食、今温めますね」
「あ、食ってきたからいいよ」
「そうですか……じゃあお風呂……」
「それもいいや。もう寝るわ、オヤスミ」
そう言って横をすり抜けた悟浄の体から香る石鹸の香り……。
女の人の所だったんですか……。
悟浄の部屋の扉が閉まる音が遠くで聞こえる。
自分だけが居間にただ一人とりのこされて……。
「……悟浄……」
小さく呟いても本人には届かない……。
溜息をついて立ち上がり台所に向かう。
ダイニングテーブルの上の料理……。
「無駄になってしまいましたね……」
すべてをゴミ箱の中に捨てる。
……自分に悟浄を拘束する権利は無いのだから仕方がない……。
分かってはいるんですけど……。
涙がでて……とまらないのはどうしてでしょう。


また同じ夢を見ました。
ただ葡萄を摘んでいる夢。
どうして……あの人は葡萄を摘み続けているのでしょう……。


夢のせいなのか……起きてからも気が重い……。
それでも朝食の準備をする為に台所に向かう。
準備をしている時に、ゴミ箱が目に入る。
その中に捨てられている……食べて貰えなかった食事……。
もしかしたら朝食も食べて貰えないかもしれない……。
それでも僕は食事作り続ける……。
「ああ……そういう事だったんですね……」
あれは自分だったのだ……。
夢の中で葡萄を摘んでいたのは自分……。
葡萄摘みというのは今の自分の行いを例えている物。
葡萄は……自分の心の例え。
食べて貰えないかもしれないのに摘み続けられている葡萄……。
そのせいで実が無くなり緑の虹が出来てしまっても……。
受け入れられずに落ちてしまった実も、また木になり実を付けるためにその実を燃やしてでも種になるだろう……。
例え受け入れられなくても続けられる行い……。
……あれは……自分なのだ……。
例え受け入れられなくても……悟浄の為に何かして上げたい。
……いつか……僕の気持ちは受け入れられますか……?


─── 誰のために今朝も一人、青い葡萄摘むの……

 

 

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