Gymnopedy Op.50
「……あれ……?」
ソファの上で八戒が目を覚ます。
どうやら昨夜、本を読んでいる途中で眠ってしまったらしい。
ソファで眠った為、体が痛い……。
まだ眠そうに目をこすりながらゆっくりと起きあがる。
「……あれ……?」
今朝二度目の疑問。
……ここはどこなのだろう……。
見回す部屋に見覚えはない……。
自分の部屋でも居間でもない。
誰の部屋なのだろう……。
その部屋は大半が本に埋もれていた。
もしもその本がきちんと整理されていれば書庫だと勘違いしたかもしれない。
それほど本が多かった。
しかしその大量の本は整理という言葉を完全に忘れている。
本棚から溢れていたり床に積み上げられていたり……挙げ句の果てに雪崩をおこしている。
そして申し訳程度に置かれている私物らしき物……。
だから、きっと誰かの私室なのだろう……。
といっても、ここが書庫であれ誰かの私室であれ、見知らぬ所であることに変わりないので何の手懸かりにもならない。
「うーん……どうしましょう……」
それから一時間程たった頃、その部屋に軽いノックの音が響いた。
「天蓬、入るぞ」
そう言って部屋に入ってきたのは長い金髪の青年であった。
どことなく三蔵に似た感じだ。
「……天蓬……?」
その青年の視線が八戒に向けられたまま止まる。
「あの……ここはどこなんでしょう……?」
「……というわけなんですけど……」
金髪の青年───
金蝉は八戒の話を一通り聞いて固まる。
といっても、目を覚ましたらココに居てなんでココにいるのか分からないんですけど……と極めて単純な説明だったのだが……。
目の前に居る猪八戒と名乗る男は髪は短いが顔は天蓬である……。
訳が分からないと言う割りには落ち着いていて、そんなところも天蓬そっくりである。
……まさか手の込んだ嫌がらせか?とまで考えてしまう。
「……とりあえずついてこい……」
金蝉はとりあえず、この事態を少しでも解決に導く為、極力会いたくない人物の元へと向かった……。
「……はあ……」
金蝉は大きなため息をつく。
嫌だったけど無理して会いに行った相手───
観世音菩薩から発せられた言葉は
『ほっとけ』
だった……。その上
『まあ、面白いじゃねえか』
である……。
どっと疲れがでる。
こんな事なら行かなければ良かった……。
「どうしましょうねえ……」
本人はそこまで困っている様子もなく、のほほんと笑っている。
実はやっぱり目の前に居るのは天蓬で、自分はおちょくられているのではないか。そう思えてくる。
「……とりあえずコレでも着ておとなしくしてろ……」
金蝉は八戒にいつも天蓬が着ている服とセミロングのウイッグを渡して部屋をでる。
……大きなため息をついて……
それから更に数時間後……。
別の男が天蓬の部屋を訪れた。
「おーい天蓬ー、いるかー」
乱暴に扉を叩く。
……返事はない……。
男は腕を組んで考える。
今日は朝から一度も天蓬を見ていない。
別にどこかに出かけるという話は聞いていない。
この場合考えられるのは二つ……。
・周りに気づかない程集中して本を読んでいる(トリップ中)
・本を読み疲れて気絶するように眠っている(昏睡中)
とりあえず中を見ようと扉に手をかける。
そしてまた考える……。
たしかこの部屋を自分が掃除したのは一ヶ月前。
「……ってことは埋まってるな……」
おそらく扉を開けた瞬間雪崩がくる。
十分に警戒し、扉を開けると同時に身を引く。
「……あれ……」
予想に反して雪崩がこない……。
おそるおそる部屋をのぞいてみる。
中は綺麗に片づけられている。
「金蝉が片づけたのか?おーい、天蓬ー」
普段は使われない奥の部屋から足音が聞こえる。
「はい、どちらさまですか?」
「……天蓬?」
奥の部屋から出てきたのは天蓬……
いや……どこかが違う……
……いつもは少しだらしなく緩められているネクタイがきちんと結ばれている。
そして……どことなく爽やかだ……。
「……天蓬……だよな……」
「えっと……どちらさまでしょう……。ちょっと僕頭打って記憶があんまりないんですけど……」
八戒は金蝉に言われた通りに、やや困ったような顔でウソをつく。
「マジかよ、天蓬。俺のこと覚えてないの!?」
「!?」
男はぎゅっと八戒を抱きしめる。
「…………。抱き心地が違う……。お前誰だ……」
「……というわけなんですよ……」
「へー……」
捲簾と名乗った少し悟浄に似た男は、八戒に殴られた右頬をさすりながらまじまじと八戒を見る。
「それにしても似てるよなー」
「……他人のそら似……ってワケではないでしょうね……」
天蓬元帥……この名前には聞き覚えがある。
確か焔達が自分の事をこう呼んでいた。
多分なんらかの関係が有るのだろう……。
「……まあ、それはともかくとして、原因が分からない以上はどうすることも……」
二人の間に沈黙が流れる……。
その沈黙を破ったのは……
───
ぐ〜〜〜〜〜〜
捲簾のお腹の音であった。
「とりあえず、お昼何か作りましょうか」
「大将最近機嫌いいっすね〜。なんかイイ事あったんすか?」
「まあね♪」
捲簾は誰の目から見ても明らかな程上機嫌だった。
天蓬が八戒に変わってから、今まで天蓬がやっていた仕事まで自分に回ってきたのは辛かった。
しかし、天蓬と同じ綺麗な顔で天蓬よりも優しく微笑む八戒……。
仕事で疲れて居るときにかけられる優しい言葉と暖かいコーヒー。
そして美味しい手料理。
幸せである。
「八戒、飯できた?」
「あ、捲簾さん。できてますよv」
仕事は大変だけど、しばらくこのままでもいいかなーと思う捲簾(幸せ絶頂期)であった。
♪おまけの悟浄x天蓬♪
八戒と天蓬の入れ替わった悟浄宅では……
すっかり部屋が荒れ狂っていた……。
まあ、ズボラが二人ならそうなる……。
「おい、飯は?」
「僕いりませんから勝手にしてください」
「……はいはい(泣)外で食ってくるよ……」
「あ、待って下さい」
泣く泣く家を出ようとした悟浄を天蓬が呼び止める。
振り向いた悟浄にわたされた一枚のメモ用紙。
「その本買ってきてください」
紙にはぎっしりと本のタイトルが書かれている。
「……で金は?」
「もちろん貴方のお金で♪」
「…………(泣)」
─── 八戒ー早く帰ってきてくれー
と八戒のありがたみを痛感する悟浄であった(笑)
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