48 STUDIES Op48
38.岩清水(いわしみず)



皆が寝静まった夜。
外は雨……。
肌寒い湿った空気が部屋の中を満たす。
八戒は真っ暗な部屋でそっと姿見に手を伸ばす。
「……冷たい」
指先に無機物の冷たさが伝わる。
鏡に映るのは自分の姿…。
鏡の中の自分を見つめれば、鏡の中の自分も同じように自分を見つめてくる…。
そのままずっと見つめ合う。
「…花喃……」
…壊れてしまった『僕の鏡』。
自分が見つめるだけで見つめてくれた。
自分が愛しただけ愛してくれた。
でも…もう無い…『僕の鏡』。
ただの鏡では見つめてくれても愛してはくれない。
なにも伝わってこない…。
鏡の中の自分にそっと唇を寄せても…伝わるのは硝子の冷たさだけ。
他にはなにも伝わらない…。
この鏡では駄目だ…自分を愛してはくれない。
「……愛しています」
愛しているのは自分だけ。
水に映った自分の姿を見続ける水仙のように。

─── 僕は自分しか愛せない…。


一体どれくらいの時をそうして過ごしただろう。
鏡に手をあてて、鏡の中の自分だけを見つめて。
でも、どれだけ見つめても…鏡の中の自分はなにも答えてはくれない。
ただ、そこにある物を映し出すだけ。

「………?」
不意に鏡にあてていた指先に何かが当たる。
鏡をすり抜けるようにして…その人は現れた。
肩までの栗色の髪…。
八戒と同じ翠色の瞳は眼鏡に覆われている。
「あなたは…?」
「僕は天蓬といいます」
鏡から現れたその人は微笑んでそう言った。
でも八戒にはわかった。
……あれは『自分』なのだと。
「僕は…」
自分も名乗ろうとした八戒を天蓬が制する。
「言わなくてもわかりますよ。
 貴方のことなら何でも……」
……あぁ、やっぱり。
あれは自分なのだ…。
触れた指先に体温が伝わる。
触れた唇からも伝わる。
生きているという暖かさが。
……でも、あれは…鏡……。
『自分の鏡』なのだ。


「あ…は…んん……」
八戒の唇から甘い声が漏れる。
床の上に寝ころぶようにしている天蓬の顔を跨ぐようにして全裸の八戒が座り込む。
その八戒の中心を舐めるたびに、八戒の唇から甘い声が漏れる。
そして、空いた手で八戒の先端に、尻に柔らかな刺激を与える。
決して強い刺激ではないのに、八戒に無駄なく快感が伝えられる。
自分だからわかる…。
何も言わなくても自分だからわかってくれる。
「ん…あぁ……」
「…もっと声を上げても良いんですよ…。
 ここには誰もいないんですから」
ここにいるのは自分だけ。
別々の姿をした同じ人間。
座っているところにも舐められているところにも温かさを感じる。
でも、他人ではない。
だからこうしているとどこまでも繋がっていく。
何にも阻まれることなく繋がることが出来る。
「…愛しています……」
「えぇ…僕も愛していますよ…」
愛した分だけ愛は返ってくる。
だって…彼は『自分の鏡』なのだから。
自分の愛を映し返してくれる。
「…あ…あいしています……」
愛してる…愛してる……。

─── だって、貴方は僕なのだから…

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