48 STUDIES
Op48
37.鶯の谷渡り(うぐいすのたにわたり)
その日は一日雨だった。
前ほどではないが、やはり八戒は雨の日が苦手のようだった。
そんな八戒を気遣ってか、悟浄も出掛けず一日家にいた。
だからといって特にすることがあるわけでもなく、居間で適当につけたTVをぼんやりと見ていた。
再放送らしいそれは、外国の映画のようだった。
白黒画面の中で小さな子が親から祝福のキスを受けている。
「……キス…か…」
八戒は小さく呟く。
孤児であった自分は親から祝福のキスなどしてもらったことはない。
「なに、八戒キスして欲しいの?」
それまでソファに寝転がって煙草を吸っていた悟浄が八戒の言葉を聞いて起きあがる。
「あ、悟浄…。
いえ、ただ、小さい頃のことを少し思い出してただけですよ」
時折見かけた幸せそうな家族。
親から子に与えられるキスを羨ましいと思ったこともあった。
それでも求めても決して与えられないから…。
だから、無理に強がっていらないフリをした。
でも、やっぱり望んでいたのだろう。
自分にはない、家族の暖かさを。
「キスねぇ…」
「……」
悟浄の言葉に八戒は口を噤む。
…悟浄も自分と同じ…親からキスを与えられたことなどないのだろう。
悟浄も自分のようにキスを羨ましく思っていたのだろうか。
親から与えられる暖かさを求めていたのだろうか…。
「八戒、こっち来いよ」
ソファに座った悟浄が八戒を手招きする。
悟浄に近付くと突然抱きすくめられる。
「…ちょ…悟浄……」
慌てる八戒の唇に悟浄は軽くキスを落とす。
「俺はお前の親にはなれねぇけどさ、俺で良ければ、どんだけでもやるぜ」
そう言って再びキスをする。
「俺じゃ不満?」
「いえ…充分すぎますよ」
じっと見つめてくる悟浄に八戒はそう言うとお返しに自分からキスをした。
お互い言葉もなく口付けを交わす。
まるでキスで会話をするように。
いつものような深いキスではなく、触れるだけの軽いキス。
それを何度も何度も繰り返す。
そして、唇だけではなく頬や額にもキスを降らす。
暖かいキスの雨…。
瞼に…耳の裏に…首筋に…次々にキスが落とされる。
「…ちょっと…悟浄、何するんですか…」
悟浄の手が八戒の上着のボタンにかけられる。
「何って『キス』に決まってんじゃん」
はだけられた胸元にもキスが落とされる。
「ん…ごじょう…」
体中にキスが与えられる。
八戒の全てを隅々まで愛しているというように。
暖か気持ちになる。
心の中が満たされる。
ずっと欲しかった…祝福のキス。
愛されたかった。
やっと、手に入れられたのだ。
「…悟浄、愛してます……」
─── 祝福のキスを貴方に…