48 STUDIES Op48
29.しめこみ千鳥(しめこみちどり)
「あちー…」
悟浄はパンツ一丁でバタバタと仰ぐ。
ここは彼の部屋ではなく学校の寮であった。
勿論一人部屋なんてことはない。
すぐ側にはルームメイトの八戒の姿もある。
それでも悟浄はかまうことなくでれっとだらしのない恰好をする。
「八戒は暑くないワケ?」ふと八戒を見る。
彼は悟浄と違ってきちんとシャツを着込み、涼しい顔をして本を読んでいる。
同じ部屋にいて、何故こうも違う…。
悟浄は恨めしそうな顔で八戒を見る…。
「え、そりゃ暑いですよ。夏ですよね」
八戒は暑さを気にしたふうでもなくさらりと言う。
「お前の肌…涼しそう…」
悟浄は八戒の白い肌を見てぼそっとそう言う。
すっかり日に焼けた自分の肌と違い、八戒の肌は美白という言葉がぴったりくる感じである。
まるで雪のようで、触れたらひんやりとしそうだ。
「ちょっと触っても良い?」
「……悟浄!やめて下さい」
悟浄が八戒の肌に触れようとするようにすると八戒は慌てて席を立ち悟浄から離れる。
八戒の頬が僅かに桜色に染まる。
「わりーわりー」
悟浄は手を振りながら冗談っぽくそう言った。
八戒は今月この学校に転校してきた。
よって悟浄と同室になってからまだ日も浅い。
八戒は人見知りする方なのか悟浄がベタベタとすると慌てて逃げてしまうことが多い。
何か拒まれているようで悟浄は不満であった。
「せっかく同室なんだからもう少し親しくなりたいのにさ」
と呟いたところで、その想いは八戒には通じない。
『別に仲良いように見えるけどな〜』
同級生達は悟浄と八戒のことをそう評価する。
確かに仲良くは見える。
でも、実際のところは、八戒は仲が良いように演じているだけなのだ。
決して他人を自分の心の中へ立ち入らせたりしないのだ。
「なんとかなんねーかな…」
悟浄はぼそっとそう呟いた。
そんなことを思いながら…いつしか何とも言えない苛立ちだけが悟浄の胸の中にどんどん降り積もっていった。
どんなに気長に待っても八戒の態度は変わらない…。
……どうしてなのだろう。
「八戒ー」
悟浄は八戒を後ろから抱きしめる。
八戒は慌てて身体を振り悟浄から離れる。
その時、振り上げた手が悟浄の頬に当たる。
「あ…ごめんなさい…」
頬が小さな音を立てるのと同時に、悟浄の中で何かが切れた気がした。
「…八戒、俺のこと嫌い?」
その声はいつもの悟浄の物とは違っていた。
いつもよりも低い…。
「……悟浄…」
「もういいよ。俺一人で仲良くしようと努力して…馬鹿みたいじゃん」
「…違うんです」
「部屋を変えて貰えるように寮長に言ってくるよ」
「待ってください!」
部屋を出ようとした八戒の背中に縋るように抱きつく。
「……八戒…」
「悟浄…違うんです…違うんです……」
八戒はただ泣きながら何度もそう繰り返した。
「落ち着いたか?」
悟浄は八戒の前に暖かいの物の入ったカップを置く。
「……はい…」
八戒はまだ俯いたままそう言う。
そして大きく息を吸うとゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「…僕、ずっと貴方に黙っていたことがありました。
いえ…騙していたと言うべきなのかもしれません」
そこで一旦切って息を吐く。
そして顔色を伺うようにそっと悟浄を見る。
「…………すみません」
「気にすんなって。
俺はお前が何であろうと気にしねーよ。
そんくらいで見方を変えたりもしねーから」
だから大丈夫だ、と悟浄は笑う。
「…悟浄……」
悟浄の優しさが、暖かい気持ちが胸の当たりに広がっていく。
「……言います。
僕…僕、実は女なんです」
「は…?」
これはさすがの悟浄も予想していなかったのか、唖然とする。
「な…なんで女なのに男子校に…?」
「…街で何度か貴方のこと見かけました。
ずっと気になっていたんですけど…声をかける勇気が出なくて…。
でも僕、もうすぐ親の仕事の都合で外国に行かなくてはならないんです。
もう貴方に会えないと思ったら…。それで僕…」
言葉の最後は涙に消されてしまう。
悟浄は八戒をそっと抱きしめる。
「好きです…貴方のことが……」
「そこまで俺のこと想ってくれて…嬉しいよ」
抱きしめる身体から暖かさが伝わる。
こうして抱きしめると、やはり男の身体ではなく女であることがわかる。
柔らかくて…そして良い香りがした。
「最後の思い出に…抱いて下さい…」
軽く唇を合わせる。
柔らかな感触が唇に伝わる。
「…あ…悟浄…」
ベッドに倒され八戒が恥ずかしそうに目を閉じる。
さっきまで男だと思ってたのに…目の前にさらけている。
こうしてみると、女にしか見えない。
どうして今まで男だと信じていたのかわからないくらいに。
「…八戒……」
「あ…ん……ごじょ…」
手に伝わる柔らかな感触も、耳に届く甘い声も女の物。
何か不思議な感じがする…。
「悟浄?」
少しぼんやりとしている悟浄に八戒が起きあがって心配そうに顔を覗き込む。
「何でもねぇよ…」
立ち膝の八戒の腰を掴み、引き寄せキスをするとそのまま再びベッドに押し倒す。
「八戒…いいか?」
「…はい……」
八戒は顔を赤らめて小さく頷く。
「あ…ごじょう…あぁ…」
八戒の身体を気遣い、悟浄はその身をゆっくりと進めた。
「悟浄、ありがとうございました。
貴方のこと、絶対に忘れませんから…」
シーツにくるまったままそう言う八戒を悟浄は強く抱きしめる。
「何言ってんだ…。外国に行ったってまた戻ってくるんだろ?」
「…でもいつになるか……」
悲しそうに目を閉じる八戒の瞼に優しくキスを落とす。
「俺、いつまでもお前のこと待ってるから…。
絶対に戻って来いよ」
「はい……」
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