48 STUDIES Op48
12.百閉(ひゃくへい)


それは…一件普段の夕食風景だった。
ただ…どことなく八戒の様子がおかしい…。
何かを隠している…そんな感じであった。
「…八戒…夕飯食わねーの?」
食卓の悟浄の向かいに座った八戒はいっこうに箸には手をつけようとしない。
「えぇ…いいんですよ…」
八戒が少しくらい顔でそう言う。
「八戒、何か悩みでもあるのか?」
悟浄が心配そうに言う。
八戒は俯いた顔を少し上げ自嘲気味に笑う…。
「俺で良ければ相談に乗るぜ。何でも頼れよ」
「…本当ですか……?」
「アッタリマエ。俺達親友だろ」
悟浄の言葉に八戒は小さく笑う…悲しげに…。
「そうですか…」
「……?」
突然悟浄の手から箸が滑り落ちる。
手に…いや、体全体に力が入らない…。
「悟浄がそう言ってくれて良かったです…」


「…八戒…どういうつもりだよ…」
そのまま悟浄は自室に運ばれ、ベッドに寝かされている。
体に力が入らないのは、たぶん夕飯に何か薬が混ぜられていたからだろう。
そんなことが出来るのは…八戒一人だけだ…。
「…あぁ…まずは相談しなくてはいけませんね…」
八戒はベッドの縁に腰をかける。
そして、どこかうつろな瞳で天井を見上げる。
「どこから話したらよいでしょうね…」
ゆっくりと…昔話を語るように八戒が言葉を紡ぎ出す。

「僕が孤児院にいたことは知っていますよね」
「…あぁ…」
八戒は孤児院にいたという話は前に聞いたことがある。
しかし…なぜ今更そんな話をするのかが分からない。
「その後、僕はとある全寮制の男子校に特待生として入学しました。そこは、小学校から大学まである…いわゆるお金持ちの坊ちゃんの通う学校でした。
 世間知らずの子ばかり…。そんな閉ざされた世界に孤児院上がりの僕みたいな子が入ったらどうなると思いますか…?」
「…いじめか…」
「えぇ…それも性的な…」
「……!?」
八戒の言葉に悟浄は驚愕する…。
そんな悟浄を見て、八戒はまた自嘲気味に笑う。
「毎日のように上級生たちに犯られました…。
 僕は人間として扱われてなかったんですよ…。
 ただのおもちゃです…。結局中学を卒業したあと…高校へは行かずに学校を出ました…。
 そして、そのあと…花喃を探しに行きました…。
 でも…彼女を探す旅に出たのは良いけど…働いているわけではないからお金が続きませんよね…。短気の仕事とかも探しました。…でも、そういう経歴の人間ってなかなか雇ってもらえないんですよね…。夏は野宿でもかまわなかったですけど冬はそうはいきませんし…。
 そういう時、どうしたと思います?」
八戒はじっと悟浄を見つめる。
「…………」
何も答えられない悟浄の頬に八戒は指を滑らす。
「…男に躰を売ったんですよ。そうして旅を続けたんです。何度も何度も……」
八戒の声が少しずつ小さくなっていく。
悟浄に触れている指先がかすかにふるえているのが感じ取れる。
「……八戒…」
悟浄は心配そうに…そしてためらいつつ八戒に声をかける。
相談に乗る…といったものの、まさか…こんな事があっただなんて思いもよらなかった。
…八戒になんと言ったらよいのかもわからない…。
そして…もう一つわからないことがある…。
八戒は何故これを話すために自分の体の自由までを奪うようなことをしたのだろうか…。
八戒は自分に何を求めている…?
「……でもね…」
八戒が小さくつぶやき、立ち上がる。
そしてゆっくりと自分の方を向く…。
「あの時はあんなに嫌だったのに…早く忘れてしまいたかったのに…この躰は…まだ覚えているんですよ…。何人もの男に与えられた快楽を…」
八戒はぎゅっと自分を抱きしめ辛そうに目を伏せる。
「……時々…躰が疼くんです…男を求めて…。
 あんな行為は嫌で仕方なかったハズなのに…。
 それでも躰は男を欲しがるんです……浅ましい躰ですよね…」
声が震えているのがわかる…。
そしてうつむく八戒からこぼれ落ちる涙…。
悟浄の位置から八戒の表情を見ることは出来ないけれど、これだけはわかる…泣いているのだと…。
「…八戒……」
何か言わなくてはならないのに…言うべき言葉がどうしても見つからない…。
「ごめんなさい…悟浄…。あなたが男になんて興味がないのはわかっています…。でも…もう我慢できないのです…ごめんなさい…」
ゆっくりとベッドの上に上がり、跨ぐようにして悟浄の上に覆い被さる。
自分を見つめてくる八戒から目が離せない…。
急に視界をふさがれる…。
「目を閉じていてください…」
自分の浅ましい姿を見られたくないから…。
そして、そんな姿を見せたくないから…。
「ごめんなさい…すぐに済ませますから…。だから少しだけ我慢してください…」
八戒の手が悟浄の股間に伸ばされる。
悟浄のモノを取り出し、手で高めていく。
でも、その行為に愛情という物は含まれていない。
ただ行うだけの物…。
「…悟浄…ごめんなさい……」
何度もつぶやかれる謝罪の言葉…。
目を閉じている悟浄にははっきりしたことはわからないが、声の感じからして…八戒はまた泣いているのだろう…。
何度も何度も自分に謝罪をして…。
それでも、悟浄は八戒にかける言葉を見つけだすことができず、ただ黙っていた。
八戒の言うことを黙って聞いていることが自分に唯一出来ることだから。
「…失礼します……」
小さな声で断りを入れ、八戒は悟浄の上へと腰を下ろす。
「…ん…」
八戒は唇をかみしめ声を抑える。
必死で声を抑えているのが悟浄に伝わる。
みだらに喘ぐ声など聞かれなくないから…。
そして、そんな声を聞かせたくないから…。
悟浄のモノをすべて体内に納めると、体を悟浄の方に倒し前後に動かす。
ベッドに手をつき、それを支えにして…己のモノを悟浄の腹部にこすらせるように何度も腰を激しく動かす。
それは…ただ、この行為を早く終わらせるためだけに…。
苦しいはずなのに…それでも声を抑え続ける八戒があまりにも痛々しくて…悟浄の胸が傷んだ…。
本当に自分はこれで良いのだろうかと…。
他に八戒を救える方法はないのかと…。


「…本当にすみませんでした…」
水で絞ったタオルで悟浄の体を清めながら八戒は何度も何度も謝り続ける…。
多くの涙をこぼしながら…。
「これはこの薬の解毒剤です…。これを飲めば、薬が効いていたときの記憶はなくなります…だから…」
八戒はそっと目を伏せる。
だから…といった言葉の続きは…いつになってもつむぎ出されることはなかった。
「悟浄…ごめんなさい…」
八戒は悟浄の上体を軽く起こし、口移しで薬を飲ませる。
「……八戒…」
悲しそうに笑う八戒の顔が…辛くて…。
何か言わなければならないのに…何も見つからない…。
薄れていく意識の中で、悟浄は最後まで八戒のことを想っていた。
見つからない言葉を探し続けて…。

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