La serenade interrompue
 ーさえぎられたセレナードー   Op43

 

 いつになっても平和なんて存在しない。
 一つの争いが終われば、また次の争いがおこる。
 争いは何も生み出さないワケではない。
 でも失うモノは多すぎて……
 それを運命と割り切るには過酷すぎる。
 どんなに足掻いても運命から逃れることは出来ず……
 最後には自ら運命を受け入れることになるだろう……


 妖怪による制圧がなくなり、その後におこったのは……人間同士の争い。
 理想を追い求める為の……
 宗教戦争……


 八戒と悟浄の住んでいる街では、特定の宗教はなかった。
 そこにやって来た近隣の街の宗教団体。
 そして街の者に言う。
 降伏しなければすべての者を殺すと……
 すべての犠牲を最小限に押さえるため、街の者達は降伏する事にした。
 その時、街に出されたもう一つの要求……

 降伏の証に、妖怪と人間の間に立つ者の血とその命で天に償いを……

 

「その話しは本当なのですか……?」
「…はい…。街の者はそれを悟浄さんに……」
 八戒にその事を伝えに来た女性は言葉をすべて紡ぐ事ができず俯いた。
「…そうですか…」
「街の者の力では悟浄さんを……殺すことはできません。…ですから、今日の夜…悟浄さんにこの薬を飲ませて下さい…。強力な睡眠薬…です…」
 八戒に手渡された小瓶。
 八戒はその小瓶を見つめる。
「……またなんですか……」
 数年前と同じ……
 自分はまた大切な人を失うのだろうか。
 あの時と同じ…他人の手によって……
 そんなのは嫌だ……
 どうすればいい……
 すべての者を殺してでも悟浄を守る?
 それでいいのだろうか……
 自分の愛の為に多くの者の命を奪う……
 でも……そんな汚れた身では悟浄の側にいることは出来ない…
 ならば……
「長の所に連れていって頂けますか?」


「……どうしても悟浄でなくてはいけないのですか?」
 長は目を閉じ、ゆっくりと口を開ける。
「この街で禁忌と呼ばれる者は、悟浄と5歳の幼子の二人だけじゃ……」
「そうですか……」
 八戒はそれ以上は聞かなかった。
 悟浄は幼い子を犠牲にするようなことは望まないだろう。
「……あの……」
 残された手段は一つ……
「人間から妖怪になった僕も『妖怪と人間の間に立つ者』に含まれると思うんです。……ですから……」
「…………」
「僕が悟浄のかわりになります…」
 その言葉に長は息を飲む。
 そしてその息をゆっくりと吐き出す。
「お主がそれを求めるのなら……ワシ止めんよ……」
「ありがとうございます」
 八戒は小さくお辞儀をする。
「あと…この事は悟浄には言わないで下さい……」


 残された時間は今夜だけ……
 一分も無駄には出来ない。
 こうして悟浄に食事を作るのも…これが最後…。
 悟浄との生活を思い出すと目頭が熱くなる。
 押さえきれない想いが頬を伝い落ちる…
「八戒、どうかしたのか?」
 悟浄の言葉に八戒はそっと涙を拭う。
「なんでもありませんよ、玉葱が目にしみただけです。」


「悟浄、お酒飲みませんか?」
 夜がふけ、日付が変わろうとしている時、八戒は悟浄にそう言った。
 最後の思い出に……
 二人でゆっくりと杯を交わす。
 たわいのない話……
 ちょっとした仕草……
 そのすべてを心に刻みつける。

 随分時間がたった頃、八戒は悟浄のグラスに気づかれないようにそっと薬を入れる。
 例の睡眠薬を……
 悟浄を連れ出すためではなく……悟浄に気づかれずに出ていく為に……
「ごめんなさい……悟浄……」
 眠りに落ちた悟浄にそっと口付ける。
「さようなら」

 そして、夜が明ける前に八戒は家を出た……

 

 すべては夜明けと同時に……
 街の外れの、聖地に一番近いと彼らが言う場所で……

 日が昇ると同時に八戒はその命を天に捧げる。
 もう夜が明ける……
 八戒は目を閉じその時を待つ。

「…………?」
 人々のざわめきが耳に入り、八戒は目を開ける。
 その瞬間目に飛び込んでくる……鮮烈な紅……
「……悟浄……」
「八戒、どういう事だよ!」
 悟浄の手が血で紅く染まっている。
 まるであの時のように……
 悟浄にあの時の自分のような道を歩ませてはいけない……
 八戒は近くにあったナイフを手に取ると、あの時の傷の上に深々と差し込んだ。
「八戒!」
「さようなら、悟浄」
 まるで数年前の出来事が再びおこっているかのようだった。
 双子の運命は同じだとよく言われているけれど、まさかここまで同じになるとは……


 悟浄……貴方は僕のような人生を歩まないで……幸せになって下さい……

 

 

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